機動戦士ガンダムSEED Revival
Advertisement

あの日の事は、良く覚えている。

空は真っ赤に燃え上がる様に。地上はただ、煉獄である様に。

ただ、この世に対して“絶望”以外の感傷を与えない時であったと。

必死で逃げ、必死で助けを求め、必死で救いを求め。

それでは何の助けも得られないと。ただ縋るだけで助かる程、世の中は救いに満ちてはいなかったのだと。それを理解出来るようになるまでにそれ程の時間は掛からなかった。

だから誓った。この地獄から、弟を救い出すと。

せめて、弟だけは光を掴ませると誓った。例え地獄に堕ちる事になっても、外道の道を往く事になろうとも。






セシルは、ヘルメットもかぶらずバイクを走らせていた。辺りは既に暗く、狭い山道であったが慣れ親しんだ道でもあったので、勘の勧めるままに走らせていく。事故でも起こしたら、と一瞬思ったが――むしろ起こってくれた方が良いとも思えた。

これから行おうとする事に対して運試しをしたい気分でもあったから。


「くそっ! くそっ! くそおっ……!」


ただ、毒づく。誰に対してでなく、全てに対して。全ての世の中の理不尽に対して。『良い子にしていればきっと幸せになれる』、そう言われて育った子供としての怒り。わだかまりの無い、ただの怒り。周囲に当たり散らしてはならない類の、純粋な怒り。

それは、セシルという青年そのものだった。信じられるものと信じられないものを、幼い頃から分けて考えなければならなかった青年の咆哮だった。






同じ頃、同じ様な場所で、一人の青年仕官が真新しいモビルスーツのコクピットでひとり毒づいていた。もっともその青年は声に出さず、ただ心の内だけであったが。


(……嫌な男だ。納得は出来るが、嫌な命令を出す)


スウェン=カル=バヤンはただひとり新型モビルスーツ“ハガクレ”を駆り、夜の闇の中を疾駆していた。正規の軍人としては奇妙なものであったがスウェンという人物を知る者が見れば、むしろ妥当なものだと納得するだろう。

“黒狼”スウェン――それが、彼の二つ名。

誰にも心を許さず、誰とも心を語らず。彼を知る者は常に無く、彼を見る者は恐れを抱く――孤狼の様な男。

誇張されてはいるだろうが、彼の逸話としてこんな話がある。


「おい、スウェンは今日何回喋った?」

「命令の数だけだよ。“了解”って言うからな」


元々が独立愚連隊の性質が色濃い、旧連合の中でも特別扱いのファントムペイン出身である。正規軍に配属されても、馴染める筈が無い。ただ命令のみ淡々とこなす、職業軍人の鏡の様な従順さと高い職務遂行能力を買われて現部隊に在席しているような男だ。主に遊軍や斥候など、単独行動に於いて真価を発揮する人間なのである。

それ故に、スウェンが単機で行軍をするのは不思議でも何でもない。スウェン自身、単独行動の方が性に合うと思っている位だ。

そのスウェンが軍務に愚痴めいた言葉を漏らす――実際に漏らしている訳では無いが――のは珍しい事である。その理由は、“お墨付き”をあちこちに見せびらかして越権行為を平然と行った狐目の青年からの命令が気に食わないからだった。



<貴方への命令は、三つです。優先順位は先に言う方から。

1. 貴方は死んではならない。

2. 目的は、当該地域の巨大モビルアーマーの捜索及び調査。

3. 当該目標が倒せると判断した場合は仕留める。ただし、出来ないと判断した場合は調査を続行して下さい。

 ……命令は、以上です。>



気に食わない、と思う。

理不尽な命令は、いつもの事だ。今更まともな、楽な命令が来るとは思っていない。

嫌だと思うのは、「死んではならない」という一文が明記されているという事だ。しかも、そのポイントを強調するが如く、「そうならないためには自分で判断しろ」と言われているのである。要は、勝てるか、勝てないか自分で決めろという事だ。プライドの高いスウェンからすれば、納得こそ出来るが嫌な命令だと思える。この命令文を見せた時の“上司”の顔は、良く覚えている。良く出来た作品を見せつけるかの様な顔をしていた。まるで、子供の様な顔をして。

スウェンは、気持ちを切り替える様にモニタに映るコンソールに目を奔らせた。初めてこの機体に乗ったときの事を思い出す。それはスウェンをして驚かせるものであった。


(新型量産モビルスーツ“ストライクブレード”か。噂には聞いていたが……大したものだ。このスペック、フリーダムブリンガーに匹敵するのではないか?)


ストライクブレードは統一地球連合の基盤を良く吟味、熟考し、正式採用された量産機――現有の量産モビルスーツとは一線を化す存在として開発されたモビルスーツである。

その最大の特性は、『七つの姿を持つ』と言われるバリエーション――通称、“フル・コーディネイトシルエットシステム”と呼ばれる、開発段階から機体各部パーツを選択する事を念頭に置いたプラットフォームである。基礎理論としては旧プラントの開発した“シルエット”システムや旧連合の開発した“ストライカー”システムの延長線上に位置するこのシステムは、当初は『バックパックの換装により、多様な戦場に対応するオールラウンドモビルスーツ』というコンセプトで開発された。ところが、ここで思わぬ弊害が発生する。


『バックパックの変更だけで本当に“様々な状況”に対応出来ると思っているなら見通しが甘いとしか言い様がない』


途中から開発に参加した技術者からそのような意見が上がったのである。既に対応バックパックは七つどころではなく、更に武装拡充という開発者にとっては天国、企画者にとって地獄となったストライクブレード開発はこの一言で更に混迷の一途を辿った。

この意見が通った背景には、ザフト出身の軍人や古参の旧連合兵を中心とした所謂、エースと呼ばれる層から通常の量産機では満足な働きが出来ないという意見が出ていたという事もあった。現在量産体制が取られている“ルタンド”は『乗りやすく、操縦しやすく、それなりに高性能』というコンセプトで作られており、これはこれで評価が高い。とはいえ、彼らからすればこれは「手応えがない」という一言に集約されてしまう。この両名を納得させなければならない――それは、無理難題であった。

結果として、この問題は更にとんでもない方向で解決を見る事になった。通常、ストライクブレードは単体で見てもエース用のモビルスーツである。更に、正式規格である各種バックパックを備える事で各種戦場に対応可能。そして更に、様々な特性を加味された特殊なパーツ(アームやレッグ、ボディなど)を用途によって変更できるようになっている。これは量産の為に各パーツをブロック単位で丸ごと変更出来るという仕様で、合体システムを簡素化したシルエットシステムとでも呼べば良いのだろうか。仕様変更する事で「特殊任務用カスタムメイドモビルスーツ」にも早変わり出来る――それが、統一地球圏連合が誇る“汎用特殊量産機ストライクブレード”の全体像である。

スウェンの駆る機体“ハガクレ”もまたストライクブレードカスタムの一例である。その目的は隠行にあり、その目的にかけては現有技術の粋を尽くしたと言って良いだろう。ミラージュコロイドを搭載し、関節部の摩耗を極限まで押さえ駆動音を出来る限り消音する事により可能となるモビルスーツでの“忍び歩き”、強靱な脚部と両手両足に仕込まれたワイヤーアンカーを使用した機動性――武装の面ではやや心許ないが、それは致し方ない事だろう。

ともあれ、スウェンはそんなハガクレの性能を道中で理解し、信頼出来るまでになっていた。この機体なら、大抵の任務は遂行出来る――そう思える程度には。

不意に――視界を何かが通り過ぎた。ハガクレの高感度カメラが、何かを捉えたのだ。興味を持ち、スウェンは拡大してみる。そこに映っているのは、何と言う事はないバイクに乗った若者だった。だが、妙に――急いでいる様に見える。何かあったのだろうか――それは、引っ掛かる事である。


(だが、任務には関係が無い――)


スウェンはそう判断すると直ぐにその拡大を止め、通常のモニタに戻そうとして――違和感が何なのかようやく理解した。


(あの方向に街など無い。にもかかわらず、ああも急いで、この闇夜の中を山登りだと……?)


おかしい。何かがおかしい。

スウェンは素直に直感に従う事にし、ハガクレを反転させると先ほどのバイクを追いかけるべく動き出した。





目的の場所には、程なく到着出来た。

残念な事だ、とどこか投げやりに呟くセシル。


(結局、俺は……)


何度と無く、幾度と無く、もっと良い方法が、もっと良いやり方があったのでは無いかと考え続けた。何処かに救いが無かったか、何処かに助けが無かったか自分なりに足掻いてみた。だが結局、セシルに与えられる事はなかった。否、気が付けなかっただけなのかもしれない。

全ての運命が決定付けられたと思ったのは、弟カシムが『肺硬化症候群』という難病と診断された時だった。天を焦がし地を割く程の超兵器がまかり通るような時代である。未知の病気が発症するのも不思議はない。カシムの病気もそんな“新病”の一つで、特殊なアンプルを定期投与しない限り、肺の機能が減衰、呼吸困難となり死に至るというものである。そして、そのアンプルはセシル達の両親が残した僅かな蓄えや、セシルが懸命に働いて得られる程度の給料では到底買い続けられるものではなかった。

面倒を見てくれていたおばさんは、二人だけになった時こう言った。


「もう無理だよ。……こんな事言いたくはないけど、諦めた方が良い。このままだとセシル、あんたまで壊れちまうよ」


それは、セシルの代弁であり、同時に決して言ってはならない事だった。気を遣ってくれる気持ちは嬉しかったがそれを認めてしまう事だけは、セシルにはどうしても出来なかった。

そして――セシルは闇に踏み込む事を決意した。カシムに光を与える為、決して明けない夜の闇へ。

セシルは暗闇の通路を歩んでいた。灯り一つ無い、暗闇の、コード類だけが続く通路。遠くに、小さな輝きが見える――それが、救いではないと知りながら。

不条理な世界に対する憤りに支配されそうになったその時、不意に――セシルの心に一人の少女が滑り込む。


「……駄目だ……」


怒りに歪んだ形相が一転、泣き出しそうなものに変わる。不条理な世界が自分にくれた、たった一つの奇跡。彼女を、シノを汚したくない。彼女に、こんな自分を見て欲しくない。彼女に、こんな地獄に来て欲しくない。好きだから、恋をしたから、初めて愛した人からこそ――彼女に幸せになって欲しい――だから、一緒に居られない。自分はもう、這い上がれないから。

あの日から――明けない、あの地獄の日々から。ただあの日に立ち向かい続ける事しか、生きる事だと実感出来なくなってしまったあの日から。

悲しみさえも怒りに変え、セシルは金色の巨人へと至る煉獄の道を往く。

黄金の玉座――そこに座る度にセシルは王様になった様な気分になれる。

黄金の肢体が動く度に、全ての不幸が振り払われていく――そんな気分になれる。

その巨体が動く様を想像して――我知らぬ、高揚を感じた事を覚えてる。

それは、確かにセシルにとっての“オラクル(神託)”だった。力によって虐げられ続け、力によって不幸になった一人の青年が初めて手に入れる事が出来た“誰にも負けない力”。そう、セシルがずっと求め焦がれていた“力”そのもの。求めて、求めて、求め続けて――道を誤った事を悔やむ間も無く。

セシルはオラクルのシートに腰を下ろすと、ポケットに手を突っ込んで、黒い液体に満たされたアンプルを乱暴に引き抜いた。 体内に設定されたリミッターの解除と、諸器官を活性化させる薬剤の混合物。 人にして人成らざる者、エクステンデッドの証。 神託を授かる為の神酒(ソーマ)にして、決して逃れ得ぬ首輪。 疎ましげに、そして、愛しげにそれを見つめ。 一瞬の躊躇いの後に、一息で飲み干す。 人としての己との、決別の証のように。


「リンク開始。……システムオールグリーン……さあ、お前の力を俺に示せ!神の意思を騙るなら、それに相応しい力を見せてみろ!」


静かに、ゆっくりと――しかし、激情を伴って。セシルは、オラクルを起動させた。



――天空を、光の柱が貫く。

己が居た墓所を破壊して、己の姿を世界に晒す為に。

それをスウェンははっきりと見た。光の残滓が夜空に舞う中、浮かび上がる黄金の巨大なモビルアーマーを。それと同時に己の直感が正しかったという事と、己の行動が一歩遅かったことを理解する。

肩のアーマーに描かれた、おそらくはその機体名を睨み付けるスウェン。

――オラクル。それは神託を世界に与える為に生まれた機体なのかもしれない。だが、その“神託”とやらが自分達にとって良いものではないのは明白だったから。






そこに、蠅がいた。取るに足らない、小虫がいた。

手を振り払えば、簡単に死んでしまいそうな。不意に、自分が今まで彼らからそう思われていたのだと理解する。それは、嫌な事であり、そして――生意気だと感じた。


「……何様のつもりなんだ」


セシルとカシムを受け入れてくれた、ズールという街。辛い事もあったけれど、楽しい事もあった。何より、そこにはカシムの笑顔があった――今や彼等の故郷と云える街。

今、その故郷はあの日と同じく悪意あるもの達によって炎に包まれている。おそらくは、人を人と思わない連中によって。またしても。


「許す……とでも思っているのか!泣いて許しを請うとでも思っているのか!」


憎しみの連鎖は、何も生み出さないと教えられた。だが、それでも、それでも許せない事だってある。まして、今、セシルの両の手には“力”があった。


「お前達は、吹き飛べェェェェェッ!」


セシルは、思いのままに薙ぎ払った。街に被害が及ばぬ様に。それでも、相応の被害は出たのだろうけれど。

光の渦――それは、確かに神託だった。邪悪を許さぬ神の意思、セシルにはそう思えた。全ての敵を薙ぎ払った後、セシルは何とも言えない思いに囚われていた。それは、悲しみではない、喜びでもない――ただ、こう思った。


「……そうだよ、初めからこうしていれば良かったんだ……!」


笑いが込み上げてくる。それは、誰かを嘲笑ったものでは無かった。ただ、愚かだと、滑稽だと思えた。世界が――自分が。だからただ、笑い続けた。

セシルは力を手に入れた。それこそが彼の欲したものであり、それと同時に彼の望んだ未来をもたらすものでは無いと心のどこかで悟りながら。炎獄の中、いつまでも笑い続けていた。

Advertisement