機動戦士ガンダムSEED Revival
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ズゥン……。

奴が一歩、歩んだだけで――圧力が来る。

地響き、肺腑に伝わる重低音。黒き異形のMA、ムラマサ。身長はダストの二倍程、横幅もダストの二倍程――単純に奴は、ダストの四倍近い大きさだ。


「デカブツが……!」


シンは、ダストに対鑑刀シュベルトゲベールを正眼に構えさせると、膝に溜めを作り、いつでも飛び込める様に身構える。既に頭部バルカンは撃ち尽くし、先程まで持っていたバズーカも今は無い。手持ち武器は両腕で構えたシュベルトゲベールと、後は予備のビームサーベルくらいだ。

(勝てるか!?)

心が震える――が。


「デカけりゃ、良いってもんじゃ無い!」


奥歯を噛み締め、裂帛の気合いと共に――飛び込む!


「オオオッ!」


正眼から上段に振りかぶり、振り下ろす。しかしその前に、だらりと下げられたムラマサの両腕が動いた。マニピュレータなど無い、ただの四角い箱のような腕――だが、そこから巨大なビームサーベルが展開されるとまるで話が違う。


(俺を地上に叩き落とした一撃!)


そう。巨大な腕が、巨大なビームサーベルが生み出す強烈無比な一撃!

奴は五月蠅そうに腕を振っただけだ。だが、シンは振り下ろす軌道を変えて対鑑刀でそれを受け――尚かつ踏み堪えられなかった。


(……ダストの重量じゃ、受けられない!)


ダストが中空に投げ出される。大人と子供――いや、人とヒグマ程に力の総量が違いすぎる。吹き飛ばされながら、懸命に空中制御するシン。だが、そこに奴が来る!

ムラマサとしては、楽な判断だ。こちらの一撃で吹き飛んだ相手に追撃を加える……それだけなのだから。対してシンの方では、受け身を取りながら相手の更なる一撃に抗しなければならない。


(スラスター……駄目だっ!)


バーニアを噴かさなければ、地面に落ちる。だが、それをすれば容易に相手に切り裂かれる。空中で動きを止めれば、奴の思う壺だ。刹那の瞬間、シンは決断した。


(頼むっ!)


左腕を動かし、スレイヤーウィップを撃ち出す。狙いはそこいらの屋敷の壁!

シンは、今回の闘いに先立ってサイにスレイヤーウィップの改造を依頼していた。それは、ウィップの先端を分銅型ではなく、鋭角なモリ型にしてくれというものだった。振り回すには前者の方が都合が良い。だが後者でもそれは出来る上に、もう一つの使い道が出来るようになる。即ち――

シンは、直ぐにスレイヤーウィップの巻き取りスイッチを押した。すると、壁に撃ち込まれたスレイヤーウィップはあっという間にダストを壁方向に引っ張り込む!

ほんの瞬き――それがダストとムラマサのビームサーベルを遠ざけた。壁に着地?したダストは壁を蹴り、更にブーストを使ってムラマサと距離を取る。


(デカイ割に……素早い!)


首の後ろ側がちりちりする。奴は強い、そう思える。

シンは、カラカラに乾いた唇に舌なめずりした。



「フフフ……、ムラマサは、こんなものではないぞ」


ムラマサのパイロット、アデル=マニングスは喜悦を隠そうともしない。ムラマサが圧倒的だからだ。


『大尉、遊びは程々に。ムラマサならば、奴など一呑みですよ』


副パイロット、エミル=ミンツが口を挟む。元々はムラマサを売り込みに来た連中のテストパイロットで、自身の部下では無い。それ故、アデルにとっては口うるさい所もある。が、ムラマサを運用する上では必要な人材に違いない。


「判っている」


つまらなそうに、アデル。今、この者と諍いを起こすのは得策では無い。後で憶えていろ、と言下に吐きだしモニタに向き直る。

しかし。


『何という奴なんでしょう。予想を超えた動きをする、恐ろしいパイロットです』


エミルの呟きに、アデルも忌々しく賛同せざるを得ない。

並のパイロットなら、先程の一撃で――否、もっと前の攻撃で滅んでいたはずだ。だが奴は、それらを或いは避け、或いは受けて、そして未だに自分達の前に立ち塞がっている。

忌々しい。しかし、同時にアデルはこうも思っていた。


(良いぞ、もっと抵抗しろ。そして絶望に喘げ。それでこそ私の受けた屈辱が真に晴れる。私とムラマサの前に、命乞いをしろ。心置きなく、揉み潰してくれる!)


ムラマサは威圧感のあるMAだ。だが狂気は、間違いなくこの男が発散していた。



《陽電子リフレクターに、両腕がビームスプレッダーか。大した兵装だ》


シンの負担にならないよう、相手をスキャンしていたらしい。相変わらずこのAIは勝手気ままである。今回の場合は有り難い、といえばそうだが。


「なんでそんな豪勢な武装が、俺達なんてポンコツ集団に来て下さるんだか」


愚痴りたくもなる。愚痴っても状況は決して良くはならないが。


《陽電子リフレクターは簡単に言えばビームバリアだ。あの機体サイズなら、こちらの武装で突破出来そうなのはシュベルトゲベールだけだな。ビームスプレッダーは用途に応じて拡散ビーム砲と大型ビームサーベルに転用出来る。威力の程は先程味わった通りだ》


AIレイは淡々と説明してくれた。シンはもうお腹一杯だが。


「つまりは……相手の攻撃をかいくぐり、シュベルトゲベールをぶち込まない限り勝機は無い訳か。帰って良いか?」


《良いとも。ただ、お前がコニール達を見捨てられれば、だがな。それも一つの戦略だから、俺は止めないぞ》


痛い所を付く。もとよりシンに退く気は無い。が、愚痴ぐらいは言いたいのだ。


「んじゃあ、行くかな」


あれこれ迷っても仕方が無い。シンはダストのフットペダルを踏み込むと、ダストを――突進させる!


《戦術くらいは考えたのか?》

「有る訳無いだろ」

《まあ、好きにしろ。お前のそれも戦術の一つだ》


そんな会話が表す通り――シンは無策のまま突っ込んだ。とは云え、完全に無策であった訳では無い。


(アイツに俺達が勝る所は、機動性だ!)


そう。白兵戦にとって最も大事な要素である機動性に、ムラマサは乏しい。先程の攻撃で決して機動性に劣っている訳ではないと証明こそしたが、機動性はそれだけで語られるものでは無いのだ。例えば自動車で言えば、エンジンが勝っているから『機動性が高い』と単純には決められない。タイヤ、サスペンション、荷重コントロール能力……それらの要素が相互に作用し、『機動性』の優劣が決められるのだ。

シンの見たところ、奴――ムラマサはエンジンこそ良いものを持っている。だが、足の運びや体重の捌き方を見れば、機動性に劣っていると言わざるを得ない。


(ならば、足で掻き回す!)


シンのとった戦法は、無策に近い。が、こと戦場という環境ではシンの判断は正しい。誰も彼もが、戦場で平静でいる訳では無い。機体スペックが違えど、運用するのは人間だ。ならば、人間の隙を付けば良いのだ。

三度、シュベルトゲベールと巨大ビームサーベルが打ち合わされる。またも弾き飛ばされるダスト……だが、今度はシンも百も承知! 先回りしてダストを跳躍させ、相手の予想以上に吹き飛ばされる。遠過ぎて、ムラマサの追撃が届かない。やむなくムラマサは拡散ビーム砲で追撃するが、それはスラスター制御で避ける。そして――


「いくら何でも、ビーム撃って直ぐにサーベルに転換出来ないだろう!」


ドズゥッ!!

スラスターを最大出力にして、一気にムラマサに肉薄する!

慌てて更に拡散ビーム砲を撃ちまくるムラマサ。だが、ダストのトップスピードはそうそう見切れるものでは無い。空しく空中に花火が上がる。


「オオオッ!」


腰溜めに構えたシュベルトゲベールを、スラスターの勢いを殺さず横に振り抜く。陽電子リフレクターが展開されたが、それすら切り裂き――シュベルトゲベールがムラマサを切り裂いた!



……と、思ったが、現実は違った。

今正に切り裂かんとしたムラマサの体が、胴体を境に二分したのだ。その間を空しく切り裂くシュベルトゲベール。


(何!?)


かつて、自分もやった事のある驚愕の回避手段。分離合体形式の機体だからこそ出来る、意表を突く回避方法。まさか自分がそれをやられるとは……。

だからこそ次の攻撃に対して、反応が遅れた。肉が反応しても、意識が伴えなかった。

背後から撃ち込まれたビームカノンの一撃が、ダストの左腕部をまとめて吹き飛ばしていた。



「おぉい、アンタも早く!」


コニールは後ろ髪引かれる思いだった。未だ続く地響き、戦闘の爆音。その中では紛れもなくシンが闘っている――自分達を逃すために。今自分がシンの元に向かっても助けにはならない。寧ろ足手まとい。それどころか、今この場に居るのですらシンの足枷なのだ。


(どれ程危険に晒されても、シンは逃げられない……)


シンに出会い、一緒にレジスタンスをするようになって、薄々だがシンの性根には触れられた。だからこその確信。シンという人間の、逃れようのないジレンマ。それが、シンの良さであり、悪さでもある。そうコニールは思う。


(死なないでよ、シン。アンタは、何時だって死んでも良いって言うけど。死んで欲しくない人間が――少なくともここに一人居るんだからね)


コニールは振り返ると、バルアミー鍾乳洞へ向かった。市民は一端、そこへ避難させるのだ。



機体分離による回避は、はっきり言えば『まぐれの産物』であった。が、運もまた実力の内であるだろう。そういう点では、シンはつくづく不幸である。とはいえ、ムラマサ側も無傷だった訳ではない。


『陽電子リフレクター、傷害発生。展開出来ません。ムラマサの合体機構も修復不能なダメージを受けています。合体は基地に戻らないと出来ませんよ』


エミルの棒読みの報告を受け、アデルは渋面だ。が、こちらよりも相手側の痛手が目に見えて明らかなのだ。僥倖と言えるだろう。

ムラマサは、実のところ各パーツ単体でも戦力としてなりうる。各パーツごとで取得された能力がはっきり違うのだ。

Aパーツ――上半身はビームスプレッダーを装備したフライトユニット。

Bパーツ――下半身はそれなりに機動性を持ったガンナーユニット。

なぜパーツごとに単独運用出来るよう設計されたのか。単純にサバイバビリティの向上と、更なる高速戦闘――例えばマサムネなどの高空戦力――に抗しうる為である。マサムネなどの戦闘機に対して、鈍重なモビルスーツ形態は『夜店の景品』以外の何者でもない。それ故、Aパーツだけならば高速戦闘が出来るように設計されているのだ。最も、燃料が続かないので短時間のみの能力なのだが。

とはいえ、現状ではムラマサ側よりダスト側の方が展開が悪い。それは、アデルやエミルにとっては安心材料であった。



一方、ダスト側はかなり深刻である。


《左腕部、壊滅。エネルギーバイパスカット。フライトユニットのウイングも一部消失。先程の様に高速機動は行えないと考えて良い。下手を打つと墜落するぞ》

「ついでに片腕じゃ満足に対鑑刀が振れない、か……」


自嘲気味に、シン。油断したのは自分のミスだ。動揺したのも。後一歩で勝てるところだった――そこから落とされれば、さすがのシンも動揺する。

あの後、シンは何時までも動揺しては居なかった。すさかずダストを再起動させ、遮蔽物に隠れさせたのは歴戦の強者の本能であろう。だが、さすがのシンも自分の追い込まれた現状を見に染み込ませるのに有る程度の時間を必要とした。


「もう、まともに打ち合いも出来ない、回避も出来ないか……」


先程のような足を使った戦術も出来そうもない。そして、相手はまだまだ健在だ。あげくに、こちらは右腕一本で二機を相手にしなければならない。普通に考えて、絶望的な展開である。


《どうする? もうそろそろ、コニール達も避難出来たはずだ》


言下に『逃げろ』と言うAIレイ。この状況ではシンもそう思う。しかし、逃げ切れるのか……そうも思う。そんなシンの様子を察したのか、レイが言う。


《簡単な事だ。機体を捨てて逃げろ。それが最良の選択だ》

「お前はどうなるんだよ!?」


シンも、そう思っていた。だが、嫌だ。レイを置いて逃げたくはない。が、レイは更にこう言い放つ。


《忘れたのか? 俺はお前の言うレイじゃない。ただのサポートシステム、というだけだ》


そんなものに命を張る必要は無い――そう付け加えて。


「…………」


納得出来る――訳がない。シンはそういう性格だ。だが――心の何処かで、『それも仕方ないだろ?』という自分が居るのも確かだ。

だが。


(『仕方が無い』、『他にどうしようもなかった』。そう言って、俺は一体どれ程の事を諦めた? そして、どれ程まで諦め続けなきゃいけないんだ?)


それが定めだと、運命なのだと――どうして納得出来るだろう。だが、納得しなければならない。そう思わなければ生きてはこれない。人とは、世界とはそういうものだから。

ただ、シンはこうも思う。

もしも、立ち向かえるのなら。

立ち向かい、勝てるのならば。それが、どれ程困難で苦痛で、確率が悪くても。

己の命の限り、今度こそ意地を張り通したい。それが、馬鹿だと言われようと。

だからレイに、シンは言った。


「なあ、レイ。付き合えよ? 俺は、好きにやらせて貰う。だから、最後まで今度こそ、付き合えよな」


静かに、シン。少し間があって、レイの返答が帰ってきた。


《俺に、拒否権は無いんだが。まあ良い、好きにやって見ろ。今の俺なら、何処までも付き合ってやる》



―――辺り一面に、煙幕が伸びる。


『対モビルスーツ用スモークディスチャージャー……』


アデルが、エミルが呟く。立ち向かって来るにせよ、逃げるにせよ、この煙が晴れるまでが勝負となる。二人共に、気を引き締め直す。


「気をつけろ、エミル。奴は策を弄するぞ」


アデルが言うが、本人とてそれが慰めの域を出ていないのは熟知している。それはエミルでも判るのだが。とはいえ、


(この状況下で、策を弄するって言ったって、何をどうするって言うんだ?)


策とは、根本的には『騙し』である。判っていれば、早々騙される事は無いはずだ。尚かつ、こちらは二人――しかも俯瞰出来る位置にアデルが居る。そうそう騙される事は無い。

数秒、数十秒が、長い。

一呼吸、一呼吸が、時が止まったように感じる。

が……動いた!


「来た!」


やはり、先に見つけたのはアデル!

Bパーツのエミルの方に真っ直ぐに向かうダストに、アデルは拡散ビーム砲を撃ち込むが、拡散弾だけに直撃しなければそれ程の効果は望めない。多少の被弾も構わず、ダストはエミルの乗るBパーツに突き進む!

あっという間に煙に紛れるダスト。ビーム光だけが奴の居所を教える。それでもアデルは撃ち込み続ける。Bパーツに当たるかも――そうも考えたが、アデルにとっては部下の命よりガンダムタイプの撃破の方がより重要事項だった。爆光が、閃光があちこちで上がる。


『た、大尉! これでは敵が確認出来ません!』


そうエミルが言うが、後の祭りだ。最早エミルに出来る事は乱射でもしてラッキーヒットする事を祈るしかない。

が、そんなエミルの願いが聞き届けられたのか。エミルの目にスラスター光が見えた。


(飛んで、特攻してくる気か! さっきまでの戦法がまだ効果があると思うんなら、甘い!)


エミルがほくそ笑む。確かに先刻はダストのトップスピードについて行けなかったが、事前に理解していれば併せるのは容易い。そして、エミルはそういう射撃には自信があった。

Bパーツに装備された二連装脚部高エネルギービーム砲が火を噴く。それは、狙い通りスラスター光に寄って上昇したものを撃ち抜いた。……そう、ダストから分離して飛んだフライトユニットだけを。


『何!?』


エミルは一瞬呆然となった。危惧通り、シンに騙された――そう思わされた。

硬直した一瞬。シンが、そんな瞬間を逃す訳は無い。すさかずBパーツにスレイヤーウィップが撃ち込まれる。エミルは、反応が遅れた。次の瞬間にはもう、反応が出来なくなった。

引き寄せられたダストがその手に持っていたシュベルトゲベール。それがほんの瞬きでエミルの居たコクピットを焼き切った。



エミルが殺られた。それは、アデルに衝撃は与えはしなかった。だが……


「化け者めぇぇっ!!」


ダストへの恐怖は、ますます加速する。


(一体、奴は何なんだ!? 機体の性能では無い。それでなら、我々の方が優れていたはずだ。なのに、何故我々の方が常に追い込まれねばならない!?)


ダストには、何かがある。執念、怨念、想念――それに近い何かが。

振り払うように、アデルはムラマサの両腕にサーベルを展開させる。


「最早、差し違えてでも!」


特攻――それしかない。自分の命を惜しんで、倒せる相手では無い。

シュベルトゲベールのビーム光を頼りに、アデルはサーベルを構えつつ特攻する。サーベルで、シュベルトゲベールとムラマサBパーツは切り裂かれた。が、肝心のダストが居ない。


「また、あのウィンチで高速移動したのか!?」


だが、もう煙は晴れつつある。何時までも隠れられる訳では無い。

――居た。

やはりスレイヤーウィップを壁に撃ち、移動したらしい。だがそれはアデルの攻撃を避けるための必死さが見え隠れしている。シュベルトゲベールを捨てたのがその証だ。何とか立ち上がろうとしているダストに、アデルは特攻をかける。


「お前の命を、ここで終わらせてくれるわ!」


サーベルを両手に構えさせ、突撃するムラマサ。最早スレイヤーウィップでの移動などさせはしない。その程度の自負はアデルにもある。

ダストはしかし、ある意味で予想外、ある意味でアデルの予想通りに動いた。真っ直ぐにムラマサに突っ込んでくる。


(貴様も特攻しか、もう策が無いか! ならば、俺が勝つ!)


特攻勝負ならば、機体性能が如実に表れる。アデルにとって、決して勝ち目の無い闘いでは無い。

ダストとムラマサの距離が詰まる。一秒もない時間が、やけにゆっくりと感じられる。しかし、その中で先に動いたのはダストであり――動揺したのはアデルだった。


(……腕?)


ダストが何をしたのか、その瞬間アデルには判らなかった。ダストの腕がダストの位置とは違う場所――即ちムラマサの頭上に降って沸いたのだ。次の瞬間、降って沸いたダストの腕から突き出ていたアーマーシュナイダーがムラマサに突き刺さり、ようやくアデルは状況を認識した。


(奴は、ウィップを使って自分の切り落とされた左腕を振り子のように放り投げてきたんだ……!!)


ダストのアーマーシュナイダーは手の甲当たりから射出され、そのままの状態でホールドしても使える武装だ。それがどういう訳か展開されたままになっていて、しかも重心が手の甲の方にあるから適当に放り投げても自動的にアーマーシュナイダーが襲いかかる。……こんな事、考えて出来る訳が無い。シンの執念が生んだ、偶然の産物――そう言って良いのだろうか。

無論、それでムラマサがどうこうなる訳は無い。だが、隙は間違いなく出来た。頭部を切り飛ばされながら、ダストはムラマサの下部に潜り込む。予備のビームサーベルをムラマサに押し当てながら。ムラマサの突起に当たり、右腕も捻れて吹き飛んだ。

が、ビームサーベルはムラマサに突き刺さったまま暴れ回り、アデルは己の絶叫と共に空中に四散した。



そんな闘いが、世界の何処かで行われている。人の営みが醜く、欲望にまみれていても、構わず星々は輝き、夜空を彩る。人は、世界の片隅のちっぽけな存在に過ぎないのだから……。


(私も又、ちっぽけな存在。それは、間違いないですわ……)


この世界の支配者。そう呼ばれてはいるが、その事自体を喜んだ事は無い。ラクス=クラインはバルコニーのテラスに腰掛ける様に寄りかかり、星空を満喫していた。


「空は、こんなにも美しい……」


素直に、美しいと感じる。そういう感性を持つことはラクスは大事だと思う。


(なのに人は、そこで欲望にまみれ、苦しもうとする……)


それが、ラクスは悲しい。


(どうして人は、争う事を止めようとしないの……)


ラクスには、『争う』という行為がどうしても肯定出来ない。かつて二度、ラクスは世界を救うために自ら軍を率い、戦った。だがそれは、『そうしなければ戦争は止められない』と判断した故の事だった。


(パトリック=ザラ、デュランダル議長。私は、貴方達の様に自らの為に戦ったのではありません。私は、権力のために戦ったんじゃない。戦いに巻き込まれ、傷つく人のため……戦争によって泣く人達の為に戦ったのですわ。自らの野心のために人を傷つけ、苦しめる様なことは私には事肯定出来無い……)


ラクスにとって、権力とは何ら魅力的なものでは無い。世捨て人となり、キラと共に孤児院で暮らしていた時、間違いなくラクスは幸せだった。正直、今のように毎夜のパーティで人々の欲望に晒され続ける方が苦痛だった。


(考えてみると、私は皆の言う『欲望』というものに疎いのですね……)


政治の上で、やらなければならない事は常に考えてしまう。何かがあった時、必ずどうにか出来るよう考えてしまう。それは、己を守るため、己の家族を、愛する人々を守るために培わざるを得なかった猜疑の観念。だが、そうでなければ『守るべきもの』は守れなかった。


(でも、今は?)


今、ラクスは“ピースガーディアン”という私兵軍団を創り、治安維持に当たらせている。当然、その度に血が流れていく。その意味を、ラクスは良く知っていた。


(圧政者。私が忌み嫌った、欲望まみれの者に私が……)


かつて、パトリック=ザラがそうであったように。奇しくもデュランダルが恐れた通り、今ラクスは世界の指導者という立場にいる。『ラクス=クライン』というカリスマは世界の頂点に立つ者として最も理想的なものであり、レクイエム騒動後の混乱した世界を終息させる立場の者として最も理想的だったからだ。

しかし……。


「結局私は意気地無しなままですわ……」


政治とは『最大多数の最大幸福』を算出し、支持をえるものだ。民主主義とはそういうもので、少数の不幸な者達は黙殺し、抹殺しなければならない。『全ての人々が幸せになる』等という夢物語が、現出できるわけは無いのだ。

ラクスは、少数の不幸な者達を見捨てなければならない。最大多数を幸福に導くために。しかし、それはラクスにとって辛い事なのだ。

そんな時、こうして星を見るのだ。自分はちっぽけな存在なのだと実感するために。



そんなラクスを向かえに来るのは、世界で一人だけだ。


「ラクス、ここに居たんだ」

「……キラ」


キラ=ヤマト。過去二回の大戦、そのどちらにも“最強”の冠と共に称される最高のトップエース。最強のコーディネイター。しかし、ラクスにとっては最良の理解者であり、伴侶――それ以上に望んだ事はない。


「今日は冷えるね。寒くない?」


キラは、いつも優しい。今も自分の風除けになってくれている。そんな彼にラクスは“ピースガーディアン”の激務、『暴徒鎮圧』等という過酷な、残酷な仕事をやらせている。その事に思いを馳せる度、ラクスの胸中は痛む。


「ありがとう、キラ」


万感の思い。そして、尽きる事の無い悔恨。

何となく、二人で夜空を見上げる。ふと、ラクスが口を開いた。


「覚えてます? 私が本当は、農作業をしたかったって」

「覚えてるよ。ラクスが『ニンジンは木の上に生るんですわ』っていう謎の知識を披露した時の事でしょ?」

「……その事は覚えなくて良かったんです」


それは、今はもう誰も見た事の無い『本当の』ラクスの顔。年相応の、心が描く顔。それを作り出せるから――ラクスとキラは『伴侶』になったのだろう。


「いつか、二人で創ろうよ。小さな、白い家で山羊を飼って。畑を作って、のんびりと静かに暮らして……」

「そうですね……」


どんなにか、そうなる事を望んだのだろう。権力なんか要らない。ただ、家族が居て、静かに暮らせたら――。しかし、それはもう永久に叶う事の無い、儚い願い。それでも、そう言ってくれるキラの存在は間違い無くラクスの支えである。

――何処までも、何処までも――

――君と共に、僕は在る。それが僕の誓い――

言葉に出さずとも伝わる願い。お互いに、何時までも続いて欲しいと願う、気持ち。

だけれども、何時か自分達は切り裂かれるのだろう。でも、その時までは……。


「そろそろ戻ろう。主役不在じゃ、パーティが白けてしまうよ」

「……そうですわね」


ラクスはキラに寄り添うように、キラはラクスから離れないように。永久にこうなっていたいという願いと共に――。



何時だったろう。赤い髪の女の子がこんな風に言ったことがあった。


『結果が問題なんじゃない。“努力した”っていう過程が大事なのよ』


それは、アカデミー時代の射撃訓練の話だった。相変わらず射撃命中率の悪いルナマリアの為に、シンとレイは居残り特訓を命じられた。実戦でもこの三人でトリオを組むのだ、真面目にもなる。とはいえ、先行突進型のシンと割とマイペースなレイ、そして熱くなりがちなルナマリアはチームワークバッチリに見えて、てんで連携が取れていなかった。何よりシンとルナの連携が特に問題があった。


『何であんたは何時も何時もあたしの獲物に向かって特攻していくのよ! あんたから射軸をずらすに、あたしがどれだけ苦労しているか!』

『お前こそ俺が背後を取られている時に、支援砲撃の一発だって来た事が無いだろう!』

『そもそも二人とも、“自分”と“敵”以外見えていないと思うが……』

『そんな事無い! 現にレイとは上手く連携取れてるじゃない!』

『あれはレイが併せてくれてるだけだって気が付け!』


……若かった。あの頃は、何もかもが楽しかった。

その後もルナとの連携は、上手くいった試しが無かった。上手く行くようになったのは、ルナが俺の支えになり始めてからだった。

その時、気が付いた。確かに俺は、ルナの事を見ていなかったという事が。そして――ルナはちゃんと自分の事を見ていてくれていたという事が。


「……ねえ、シン。あんたは“結果”として、“守れなかった“のかも知れない。でも、あんたは常に”守ろう“としたのよ。だから、ステラさんは安らいだ顔をしていたんじゃない? 『この世の中で、この人は私を大事に思ってくれていた』――そう思えたのなら。私は、良い笑顔が出来ていた? シン……」


――あんたは、優しく生きてね。あたしも、あんたの事が大事だったんだから。



……もう、すっかり夜だった。

シンはシートで寝こけていたらしい。

向こうでは『ダスト修復決死隊』なる者達の雄叫びが聞こえる。――主にサイだろうが。


《行かないのか?》

「戦犯にされそうだから、火が消えるまで大人しくしてる」

《妥当な判断だな》


取りあえずシンは、食堂へ向かった。要するに腹が減ったのである。



食堂には未だに明かりが点っていた。

ソラは、片付けものをしていた。……何となくがっかりした顔で。


(シンさん、来なかったな……)


疲れて寝てしまっているのだろうか。怪我をして居るのだろうか。大尉達に聞けば良かったのだろうか。そんな事を考えながら、ぼんやりと洗い物を続ける。


(どうかしてる、私……)


シンの顔が見たい――痛切に感じている自分。何とも浮ついた気分。クラスメイトがそう言う話をする度に、軽く流していた自分が嘘のように感じる。


(会って、どうするの? 普通に接するしか無いのに……。それとも、私はシンさんの“特別”になりたいの?)


それは違う――様な気がする。まだ、そこまで心が決まった訳では無いのだ。

ただ――シンの顔が見たい。それは間違いが無い。


(そうよ――そうよ、私は心配して居るんだ。戦争なんて危険な場所に、行っている“お友達“を心配して居るんだ……)


そう考えて――しかしやっぱり考え直す。


(シンさんは、私の“お友達”? それは、違うと思う……)


そして、あえて避けていた疑問。ずっとそこで止まる疑問にぶつかる。


(私は、シンさんの事が――“好き”なの?)


嫌いでは無いと思う。けれど、納得も出来ない。ソラは未だ、戦争というものの一端にしか触れていない。それが、シンという人間を理解する為に必要な事なのだと、何となく納得出来る。それ故に、踏み出すことが出来ないで居た。

そんな事をぼんやりと考えていたからか、食堂に誰か入ってきたのに気が付かなかった。話しかけられて、ようやく気が付いた。


「なんか、食い物無いか?」


あいかわらず不作法で、威圧的な物言い。間違い無い。そう思った瞬間、ソラは半ば硬直していた。


(シンさん!!)


胸が、早鐘の様に高鳴る。自分の体が別人の様に感じられる位、顔が真っ赤になる。

シンが帰ってきたら、色々話しかけようと思っていた。「怪我はありませんか?」とか、「大丈夫ですか?」とか。色々、考えては居たのだ。だが実際に会うと、そんな言葉は全て吹き飛んでしまっていた。何も喉から、言葉になって出てきてくれない。


「……どうした? ソラ」


不審に思ったのか、シン。慌てて言うソラ。


「あ、あり合わせで良かったらありますよ……」

「それで良い」


シンはそう言うと、テーブルの一つに座る。ソラの方を一顧だにせず。何となくソラは、肩すかしを食った気分になった。


(そうだよね、シンさんは別に私の事なんか……)


火照った体が冷える。冷水を浴びせられた様な気分だ。


(馬鹿みたい。何をしてたの、私……)


勝手に思いこんで、のぼせ上がって――結局自分の独り善がり。その事実は、ソラを意外な程打ちのめした。

手は、懸命に料理を作ろうと動く。が、心が付いてこない。

何とはなく、時が流れるのも辛かった。

料理が出来上がって、ソラはシンの元まで行かなければならなくなった。


(嫌だなぁ……)


今の自分の顔を、見て貰いたくない。だが、疲れ切ったシンに余計な負担をかけたく無いとも思う。意を決して料理をテーブルまで運ぶ。


「サンキュ」

「……はい」


そう言うのが、やっとだ。今は、シンの顔が見たくない。さっきとは真逆だ。直ぐにソラは厨房に引き返して――


「……ちょっと待て、ソラ」


あろう事か、シンに呼び止められた。また、鼓動が早鐘の様に高鳴る。


(――どうして!?)


ソラには、判らない。どうしたら良いかも判らない。

しかして、そんなソラの様子を知ってか知らずか。シンはソラの手を取り、その手のひらに時計を置く。


「約束通り、返したぜ」


……呆気に取られた。それから――何となく可笑しくなった。

手のひらの時計――AIレイの時計。出撃前に「返す」と約束された時計。


(シンさんは、シンさんなりに……)


それが解る――それが解っただけで、今はもう良い。

だから、シンに、ソラはこう言えた。


「――お帰りなさい」


返事は何故か、二人から帰ってきた。

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