機動戦士ガンダムSEED Revival
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――かつて、戦争がありました。

遺伝子操作を受けて生まれたコーディネイターと、

自然に生まれたナチュラルとの間の抗争に端を発した戦争は、

世界中の国々を巻き込み、休戦を挟みながら、ようやく4年前にオーブ連合首長国主導の下、終結しました。

オーブの代表カガリ=ユラ=アスハさまは史上初の統一地球圏連合政府の主席になり、

弟のキラ=ヤマトさま、お二方の親友であるラクス=クラインさまと世界をお治めになり、

人類史上初の恒久平和を完成させたのでした――




CE78、9月25日、オーブ気象庁は天気予報で、遅すぎる残暑の厳しさを呼びかけていた。 真夏の8月に毎日のように叩きつけて来た定刻のスコールはぱたりと途絶えたものの、未だに天頂にぎらぎらと輝く太陽が、ヤラファス本島に広がる首都オロファト市を鮮やかに照らし出している。 もう暦の上では秋だというのに。

旧世紀の昔、いまだオーブの民が農業と漁業で生計を立てていた時代には、炎天下の日中に午睡をとる習慣もあったというが、現在の住人の大半にはそのような贅沢は許されていない。しかし上着を脱ぎ、汗を拭きながらビルの立ち並ぶ街を行く市民の雰囲気は、個人差こそあれ押し並べて明るい。

『南海の宝珠』から『世界の首都』へ。

この4年間でオーブが成し遂げた躍進は、社会全体に見えざる活気をもたらしていた。

特にこの日は、午後からの統一地球圏連合政府樹立3周年記念式典を控え、街は会場へと向かう人々や警備についている一般警察で混み合っている。二度の大戦で被った戦災の陰など、もはやどこにも見当たらない。オーブの人々にとって未来とは、常に明るいと心底から信じられるものだった。

蒼い空に鳶が孤を描いて飛び去っていく。遠くから時折、花火の音が聞こえる。

今日は祭りの日なのだ。



ソラ=ヒダカは、夏日のオーブが少し苦手だった。強い日差しは東洋系のナチュラルにしては色白なソラの肌には少々厳しく、全寮制アスハ記念女学校の制服に包まれたほっそりとした体は汗をにじませていた。


「日傘、持ってくれば良かったかな」


小さく呟いて手を太陽にかざし、15という年齢の割にはまだ幼さの残る顔を庇う。と、そこに涼やかな風が吹いてきた。肩まで切伸ばされた柔らかな茶色の髪が、ふわりと舞い上がる。

市街の西部に広がる森林公園からの風だった。

腕時計に空色の目を向けると、時間はまだ10時を回ったばかり。アルバイト先の喫茶店の開店時間にはまだ時間がある。


「あ~あ、ついてないなあ」


ソラはガックリと肩を落とす。友達は皆この日を空け、遊びに行って誰もいない。思い出せば、返す返すも後悔ばかり。

今朝の寮でもそうだった。

自室の前で、この日のためにと目いっぱいめかしこんだ親友二人を目の前にして、ソラは痛く落ち込んだ。二人とも彼女を置いて人気バンドの記念ライブステージに行ってしまうのだという。

ふてくされるソラを前に、同じ寮に住む親友二人はやれやれという感じだ。


「え~!?シーちゃんもハーちゃんもみんな行っちゃうの?」

「しょうがないじゃない。ソラはバイト入れちゃったんだし」

「今月厳しいんでしょ、ソラ」

「それはそうだけど……。だって皆行っちゃうなんて知らなかったし」

「いっつも買い食いばかりしてるからよ。もうちょっと我慢すればお小遣いに余裕もあって、一緒に行けたのに」

「ねえ」


意気投合する親友二人をソラはつい恨めしそうに見てしまう。


「そんな事言ったってぇ……」

「だからいつも言ってたじゃない。そんなに無駄遣いして大丈夫?って」

「う゛っ……」

「お祭りがあるのは分かってたんだから、出費は抑えておくってのが常識よ」

「そうそう」

「………」

(そういえば今月は二人ともやけに節約してたっけ……)


思い当たったソラは言葉に窮してしまう。


「シーちゃんとハーちゃんの裏切り者ぉ~」

「ダメダメ。そんなフグみたいにふくれても」

「これに懲りて次はちゃんと貯金しておくことよ」


結局二人は「じゃ、私達ソラの分まで楽しんでくるから。じゃあね~~~」と茶化して、出かけてしまった。



かくて一人残されたソラは寂しくバイトに出かけ、今こうして公園のそばまで来ている。日差しの暑さにに反して、財布の中は涼しい限り。空を見てもそれは変わらない。

現実は厳しい。


「今月、お小遣い使いすぎちゃったからなあ……。もうちょっとクレープ食べるの抑えればよかった」


ソラは孤児だ。七年前の大戦で両親を亡くし、幼ない頃を孤児院で過ごた。

今は寄宿学校であるアスハ記念女学院へと移り、戦災孤児を対象とした国の援助金で生活している。オーブではソラのような境遇の少年少女は珍しくない。片親だけでもいればマシな方だ。それでも不幸だと感じないほどオーブという国は私たちに優しかった。

両親がいない寂しさは良く知っている。でも同時に周囲の人の温かさに包まれてソラは生きてきた。

夜、寂しくて寂しくて涙が止まらなかった時、一晩中抱いて暖めてくれた孤児院のシスター。つらい時、苦しい時、楽しい時。一緒に笑って泣いて来た親友達。いつも大切な人たちと一緒だった。みんなが一緒にいるなら、ずっと大丈夫。そうソラは思う。

……とはいうもの。


「マスターに謝って、私も遊びに行こうかなあ……。でも……」


先立つものがないのは、別の意味でツライ。

財布の中には一、二枚の小額札とコインが少々。生活費は国から出るが、月々のお小遣いは自分で稼がなくてはならない。

洋服にDVD、携帯電話代や学校帰りに立ち寄るファーストフード店、アイスクリームショップなどなど。何かと物入りの年頃なのだ。


「はぁ……。後悔してもしょうがないかあー。真面目に仕事しよっと……」


相変わらず日差しはきつい。バイトの時間までまだ余裕がある。少しの間、公園で涼をとるぐらいはできそうだ。

そう決めたソラが公園へと足を向けたその時、風に一枚のポスターが舞った。


「あっ」


そこに載っていた若い男女の姿に気付き、ソラは慌ててポスター拾い上げた。地面の汚れがついてないことに気付き、ほっと胸を撫で下ろす。

描かれていたのは二人の英雄。過去二度に渡って繰り広げられた世界大戦。そしてそれに続く昏迷期に、平和と融和の理想を高らかに歌い上げ、今も統一連合の象徴として特別顧問を勤める女神。


<平和の歌姫>ラクス=クライン。


その彼女の理想の下に集った親衛隊ピースガーディアンを率い、数多の戦場で勝利をもたらした最強のパイロットにして救国の英雄。


<守護者>キラ=ヤマト。


学校の授業やTVで何度も聞いた英雄譚。今ではオーブの誰もが二人を敬愛している。もちろんソラも。

拾ったポスターをどうしようかと思ったが、そのまま放置するわけにもいかない。ソラはそれを手にしたまま公園に向かった。





――今の世の中に不満を持つ人はほとんどいません。

皆、にこやかに笑いながら過ごしています

ちょっとムシャクシャしても、頑張るラクスさまの歌声を聞けば、幸せな気分になれます。

時々、街中で「この世界はおかしい」と叫ぶ人を見かけますが、すぐに警察の方が駆けつけてくれます。

何でも、戦時下で薬物などで精神を患った可哀相な人なんだそうです

そういった人たちにとって今の平和な世界は歪んでいるように見えるそうですーー





公園に足を踏み入れたソラは驚いた。入り口付近にちょっとした人だかりができていたのだ。目をこらすと人波の向こう、ちょうど噴水の前あたりに、2人の警官に連行される恰幅のいい初老の男性の姿があった。

周囲の人だかりの中に知り合いの主婦を見つけて、ソラは尋ねた。


「どうしたんですか、おばさん?」

「あらソラちゃん。あのね、あのおじいさんが今日の式典を狙うテロリストかもしれないんだって」

「え!?」


あの老人と言われた老人は、ソラも知った顔だった。この公園でよく日向ぼっこをし、時々ハトに餌をやっている、そんなどこにでもいる老人だ。

ソラも何度か顔を合わせており、世間話もした事もある。プラント併合後にオーブへと移り住んだコーディネイターらしい。声は大きいが穏やかな人だ。とてもテロリストの様には見えない。


「何でも昔はザフトの軍人で、4年前の戦争ではカガリ様やキラ様のお命を狙った事もあるそうよ」


怖いわねえ、と言い残して主婦は立ち去った。残ったソラは、何ともなしに離れる事も出来ず、ぼんやりと様子を見ていた。


「ふん、4年も前の作戦に言いがかりをつけ、こんな老いぼれさえ令状無しで拘禁するか!ラクス=クラインも余程に後ろめたいところがあると見えるわ!あの女狐らしい事だな!!平和の使者が聞いて呆れる!!それを受け入れるこんな世界滅んでしまえ!死んでしまえ!」


不意に、大人しく連行されていくかに見えた老人が、異常な大声を張り上げた。あからさまな陰謀論の罵声に、周囲の空気が引く。


「いい加減にしろ、このクソじじい!」


人の輪から激昂した学生風の若者が飛び出し、老人を殴りつけた。

呻き声を上げる老人を、さらに数人が地面に引き摺り倒す。警官が慌てて止めようとするが、たった2人ではとても押さえ切れない。リンチに参加する人間の数は、あっという間に10人近くまで膨れ上がった。


「ひっ」


老人の頭から血が流れる。呆然と見ていたソラは悲鳴を上げた。思わず駆け寄り、老人を蹴ろうとしていた男の背にしがみつく。


「もうやめてください! このままじゃ、おじいさんが死んじゃいます!!」

「うるさい!こいつらのせいで俺の母さんは・・!」


興奮した男は聞き入れず、乱暴にソラを振り払う。


「痛っ!」


倒され尻餅をついたソラの手から、ラクスとキラのポスターが離れて、ひらひらと風に舞った。

平和になった世の中でも、それでも、世界はあの大戦を引きづっていた。




――世界は平和でした。

カガリ様の統治の元、人々は皆幸せでした。

私もそう信じていました。

この日、あの人に出会うまでは――





風に舞ったポスターは、しばしの浮遊の後に地面へと落ちた。黒い上下を着てサングラスをかけた、20代前半とおぼしき黒髪の青年の足元に。当然ながら黒衣の青年は立ち止まり、膝を曲げてポスターを拾う――。

そう思われたが。


グシャッ。


彼はそのまま、まったくの無造作にそれを踏みつけた。ラクスとキラが描かれたポスターを。

一瞬の沈黙の後、誰かが叫ぶ。


「不敬罪だ!」


青年の行為に気づいた一人の声に、半ば暴徒化していた男達が振り返った。新たな標的を見つけた彼等は、青年へと詰め寄る。


「貴様、自分が何をしたのか分かって――」


が、言えたのはそこまでだった。つかみかかったのは最初に老人を殴った学生だが、そのまま垂直に崩れ落ちる。青年の鮮やかな右フックが、一瞬で学生の意識を刈り取ったのだ。


「なっ!?」


予期せぬ反撃に戸惑う男たちの中に、黒衣の青年は気負いのない足取りで踏み込む。


「くそ……!やっちまえ!!」

「おう!!」

「この野郎!!!」


激情に囚われた暴徒が一気に挑みかかるが……。

桁違いの強さだった。数の違いなどものともせず、黒衣の青年は無言のまま、あっという間に男達の半数を叩きのめした。 ある者は地面に付して呻き、ある者は仰向けのまま気を失っている。

ついさっきまで威勢の良かった暴徒達は、もはやその場を去るか、遠巻きにして事の成り行きを見守るしかなかった。

突然の乱闘。そして終結。呆気に取られていたソラは、ようやく解放された老人の呻きで我に帰る。


「うう……」

「だ、大丈夫ですか?お爺さん」


しゃがみ込んで老人を助け起こした時、ソラは背後に気配を感じた。いつのまにか黒衣の青年が二人のそばに立っていた。サングラスを外しその下に隠されていた真紅の双眸で、ソラと老人を見下ろしていた。

「うう……誰じゃ…余計な事をしおって!下らん平和なんて爆弾で吹き飛ばされればいいんじゃ!…」

老人は口汚く叫ぶ、どうやらあの青年や老婆の言葉はあながち間違いでは無いようである。

一瞬の後、青年は寂しそうに踵を返して何事もなかったかのような足取りで公園を後にする。


「ま、待てっ!そこの男!止まれ!命令だ、聞こえないのか!!」

「こ、こちら215号車!本部応答せよ……」


ようやく我に戻った警官のうち1人が青年を追い、現場に残った1人が無線機に増援を求める。誰も聞かない、その青年の顔を見た老人の呟きを聞いたのはソラ1人だった。


「シン=アスカ……生きていたのか?」


「――シン、アスカ……?」

その青年の顔を見た老人の不気味な笑みにゾッとしながらソラはその場を後にした。






――シン=アスカ。 平和が当たり前だと何の疑問も持たなかった私の平凡な生活は、この時、終わりを迎えました――
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