FANDOM


オーブ内閣府直轄の治安警察省。名の通り治安警察の総本部である。

単なる刑事犯罪は取り扱わない。思想犯、および政治犯を取り締まる部局だ。

テロリスト対策も重要な任務の一つで、治安維持用のモビルスーツも多数配備され、ちょっとした軍隊並の武力も持っている。

組織のトップは、治安警察省長官、「絶対零度の微笑」のゲルハルト=ライヒ。これは誰しも異論がない。

しかし№2が誰かとなると、意見が分かれる。

役職だけ見れば副長官だろう。しかし彼は有能ではあるが良くも悪くも事務屋に過ぎず、治安警察省の凄みを感じさせない。実働部隊であるモビルスーツ隊のトップは、有能なパイロットで敵にも容赦ない。ただ言動に粗暴さが目立ち、小物の印象が強い。

他にも色々と実力者はいるが、ライヒに比べると今ひとつ見劣りするのが現状だ。そんな中、最近になって、治安警察省で存在感を増している人物がいる。

役職から言えば、トップには遥かに及ばない。しかしテロリストに対する弾圧の苛烈さ、決して揺らがぬ冷徹な意志、それに見事な化粧のほどこされた美貌、さらには四天王のうちの一人の妻であり、別の一人の友人とくれば、組織の中で控えめに振る舞う方が難しいと云うものだろう。

彼女の名はメイリン=ザラ。

誰が名づけたか、「治安警察省の魔女」の異名を持つ女性である。


「テロリストの目的地はガルナハン方面?」


メイリンは治安警察省の一室で、部下からの報告を受けていた。モニター越しにもかかわらず、彼女の持つ凄みに気圧された部下は、しどろもどろにならぬよう必死に報告を続ける。


「はい。豪州方面で不審な飛行機の目撃があったと、軍より情報提供がありました。テロリストだとの 決定的な証拠は無いものの、豪州に高速艇で逃亡後、飛行機でガルナハン方面に逃げた。こういう流れが思いつきます」

「なるほど。まあガルナハン方面は最近テロリストが騒がしいわね。今回のテロの犯人が逃げ込んだかどうかはともかく、楔を打ち込んでおくに越したことはないでしょう。ガルナハン地区の統括官に伝言を。明日の朝一番で私に連絡を入れるように、と」

「了解しました」


モニターが消え、部下の視線がなくなると、ほんの一瞬だけ彼女は疲れたような表情を見せた。しかし、すぐに頭を振ると、もとの冷厳な表情に戻り、席を立った。

テロリストにオーブの永世首長であるカガリが暗殺されかけた。彼女が無傷であったのは幸いだったが、 テロ実行を許した治安警察省の面目は丸つぶれだ。

不埒なテロリストに、己の愚行を心から悔やませるため、治安警察省は総力を挙げている。オーブの永世首長の命を狙った代償がどれだけのものか、奴らに思い知らせてやるのだ。

そこまで考えて、メイリンは苦笑した。


(おや、これじゃ私がまるで、カガリの身を案じているようじゃないの)


今日も泊り込みになるであろうメイリンは、シャワーを浴びた後、あてがわれた仮眠室で休息を取ろうとした。しかし、不意の来客に眠りを邪魔される。

取次ぎはしないように言ったはず、と受付の者を叱咤しようとしたメイリンは、相手を知って矛先を納めた。受付も夫が妻の身を案じて来たにも関わらず、追い返すわけにはいかなかったのだろう。


「……メイリン、仕事が大変そうだな」

「アスラン、どうもありがとう。貴方も、テロに巻き込まれたのに無事でよかったわ」


彼女の夫は、いたわるような視線を妻に向けた。

「仕事だから仕方ないけれど、あまり無理はするなよ。身体をこわしたら元も子もない」

「本当に貴方は誰にでもいつも優しいわね」


彼女の言葉に含まれた微妙な棘は、果たして夫の心に届いただろうか。


「仮眠中だったんだろう? 邪魔したら悪いからすぐに帰るけれど、何かできることがあったら連絡してくれ。キラに頼めば時間を融通してくれるだろうから」

「そう、お気遣い無く。でも感謝するわ。ありがとう」

「それと……」

「何? アスラン」

「……いや、なんでもない。そのうちに話すよ。じゃあ、用があればいつでも電話してくれ」


そう言って去っていく夫の車に向かって、妻は手を振った。表面的には美男美女の揃った麗しの夫妻に見える。しかし彼女が誰にも聞こえぬようにつぶやく独り言を聞いた人間がいれば、その言葉にまったく愛がこもってない、いやそれどころか溢れんばかりの憎しみがこもっていることに恐れおののいたかもしれない。


「ほんとうに誰にも優しいこと。私に優しくした後は、カガリに愛をささやきに行くのかしら? 憎たらしい蝙蝠さん」