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再びリヴァイブ基地に連れ帰られたソラは、基地の一室で保護されていた。他に誰もいない部屋の中、粗末なベッドの上にソラは膝を抱えて座っている。頭の中はずっと昨日の出来事で一杯だった。

凄まじい爆音と閃光。

鉄のひしゃげる嫌な音と圧倒的な破砕音。

巨大な鋼鉄同士のぶつかり合い。

その全てが幻想とすら思えるほどの、しかし決して夢でも幻でもない現実。


「あれが、戦争……なんだ……」


ソラはモビルスーツを今まで見たことがないわけでない。むしろ治安警察やラクス=クライン親衛隊のピースガーディアンなど、平和を守る力の象徴として日常的に、とまでいわないまでもTVや式典などで見かけることは度々あった。 その巨大さと力強さに、頼もしさすら覚えたほどだ。統一連合主席カガリ=ユラ=アスハの操る、金色の守護神アカツキなど特に。だが昨日見たその光景は、今までの評価を180度変えるに足るものだった。


「怖い……怖いよ……」


膝を抱える手が震える。ソラはそうしていれば恐怖から逃れられるかのように、より強く膝を抱えた。






「こうなっちゃうと、もうオーブに帰せるのはいつになるか……。いや、もしかしたらもう二度と帰せないかも知れないな。本当に困ったよ」


自室になっている書斎のソファーに深く腰を沈めながら、ロマはやや大仰にため息をついた。向かいには艶やかな亜麻色の髪をした白衣の美しい女性が座っている。年の頃はおそらく20代後半だろうか。銀縁の眼鏡の奥にある視線は、ロマとは対照的に物静かで知的な印象を漂わせる。


「でも全ての可能性が絶たれたわけではないでしょう?リーダー」

「まあね。交渉ルートはいくつかあるからそっちに働きかけてみるけど、それでも時間がかかるだろう。問題は……」

「あの子がここで生活していけるかですね」

「そういう事だよ。センセイ」


普段ロマはほとんどのメンバーに対して弱音を吐くことがない。その例外の一人が今、彼の目の前にいる女性、通称『センセイ』だ。

彼女はレジスタンス組織リヴァイブの医療を一手に引き受ける軍医である。職業柄に加えその美貌と落ち着いた物腰で、リヴァイブ内での人気や信頼度は高い。だがその一方、彼女の経歴は誰も知らない。それどころか、本名すら明かされていないのだ。しかしメンバー誰もそれを疑問にも思わない。そんな例は他にもあるから。

だから皆、愛着と信頼を込めて彼女の事を『センセイ』と呼んでいる。それはロマも変わらない。彼は腕組みをし、センセイに話を続ける。


「放り出すわけにもいかないし、当分は監視付で軟禁状態にするしかないかな?いっそオーブに帰ることを諦めてくれたら楽なんだけどね」

「はっきり言ってそれは現状では有り得ないですね」

「そうなんだよね。……しょうがない、当分軟禁生活で我慢してもらおう」

「わかりました。では一応は本人に訊ねておきますわ」

「軟禁か帰るのを諦めるか、どちらにするかをかい?」

「選択肢が全くないのと自分で選んだ結論とでは、全然違いますもの」

「僕たちってずるい大人だよね……」


無言でセンセイをしばらく見つめた後、ユウナは言った。


「すまない。嫌な役をやらせる」

「いえ、お気になさらずに。では失礼します」


そう言ってセンセイが去って行った部屋に、もう一度だけロマのため息がこぼれたのだった。ロマの自室を出た後、センセイはソラのいる部屋に向う。彼女の部屋は前の大戦で連合がこの基地を使っていた時、士官用個室として使われていたものだ。粗末だがベットはもちろん、簡単な洗面台はもちろんエアコンなども整っている。シン達がすし詰めにされている大部屋より遥かにいい待遇だ。しかしその部屋のドアの前には、若い青年兵が腕を組んで見張りに立っていて、それが今のソラの状況を如実に示していた。


「見張り、ご苦労様」

「おや、センセイ。どうかしましたか?」

「ちょっとリーダーに頼まれてソラさんにお話を、ね。何か変わったことは?」

「静かなものです。静か過ぎて、少し心配な位です」


見張りの青年に「そう、分かったわ」と声をかけると、センセイはコンコンと軽くドアをノックした。


「ソラさん?ちょっといいかしら?あなたに是非話したい事があるの」


返事は無い。


「ソラさん?寝てるの?」


再び問いかけてから、ドアをノックする。しかしまたもや返事はない。仕方がないのでドアを開ける事にした。もしかして何かしているのかもしれない。あるいは……。

青年に何があっても対処できるように、目配せをする。彼もそれを理解し、小さく頷いた。


「ソラさん、開けるわよ。いいわね」


そう言ってセンセイはドアの鍵を開ける。部屋の中には小さな机と洗面台、そしてベットがあった。ソラはそのベットの隅っこにじっと座っている。


「ソラさん?なんだ、起きてる……」


しかし最後まで言うまでもなく、センセイはソラの異常に気付く。普通は部屋の中に誰かが入れば多少はそちらを注目するものだが、今のソラは完璧に無反応だった。視線が空に浮いているのが、遠目にも分かる。一種のショック状態だ。 医者である彼女には、こうなった理由はすぐに分かった。


(何も知らない年頃の女の子が、いきなりモビルスーツ同士の戦闘を間近で見たんだもの。こうもなるわね)


そっと隣に座るが、それでもソラは何の反応も示さない。するとセンセイはそんな彼女を、後ろからそっと包み込むように抱きしめる。その途端、今まで無反応だったソラが突如暴れだした。


「いやぁっ!放して……放してぇ!!」

「……」


暴れるままにセンセイの腕や足など、手の届く範囲を殴打し、引っ掻く。しかしセンセイは無言のままギュっと抱きしめ続けた。


「帰して……家に……、オーブに帰してぇ……」


叫び声に涙が混じり始めた頃、落ち着いたというより暴れることに疲れたせいか、やっとソラは静かになった。だがやはりセンセイは無言のまま抱きしめ続ける。白衣越しに緩やかなセンセイの温もりがソラに伝わり、その穏やかさに少しずつソラの心に平静さが戻ってくる。


「大丈夫……。大丈夫だから……」


じっとソラを抱きしめて、静かになだめ続ける。しばらくするとソラの瞳に生気が戻ってきた。それを見極めると、センセイはそっとソラを離す。


「……少しは落ち着いたかしら?」

「……」


ソラは何も言わない。しかしさっきまで荒かった息が、今は静かだ。やっと落ち着いたらしい。するとセンセイはそっとソラを離し、今度は正面から彼女を見据えた。


「……謝っても許されることじゃないけど、ごめんなさい」


初めて見る見知らぬ白衣の女性に謝られて、それまで黙っていたソラもたどたどしく問いかけた。


「……あの……あなたは?」


まだ少し戸惑っているソラを刺激しないように、センセイはゆっくりとした口調で自己紹介をした。


「……初めてお会いするわね。私はこの基地に勤めてる医者で、皆から『センセイ』って呼ばれてるわ。よろしくね」

「……センセイ?それ……名前なんですか?」

「訳あって匿名希望なのよ。でも名無しの権兵じゃ何だから『センセイ』ってワケ。医者だし、いつもこんな格好だからおあつらえ向きね」


そういってセンセイは白衣を摘んで見せてみる。ソラはクスッと少しだけ笑った。センセイからはコニールやシン達の様などこかギラギラした雰囲気はしない。彼女の落ち着いた余裕がソラにそう感じさせていたのかもしれない。それまであった彼女の警戒心が和らいだのがセンセイにも分かった。そしてセンセイはさっきまでとは違う真摯な表情で告げる。


「ソラさん。私達はあなたには謝らなければいけないわね。あなたを巻き込んでしまった上に、また基地に戻す事になってしまって。どんなに謝っても許されることじゃないのはわかっているわ。でも、本当にごめんなさいね」


そういうとセンセイは深く頭を下げる。


「なるべく早くオーブに帰してあげたかったんだけど、現状では難しくなった、というのはわかるわね」

「……はい」


一言返事をした後は、しっかりとセンセイの目を見て話を聞いている。


「そこでこれからどうするか、あなたにも決断してもらわないといけないの。これはとても大事な事なのよ。あなたには二つの選択肢があるわ。どちらも辛いでしょうけど、ここではっきりと選んでちょうだい」

「……」


ソラは何も言わない。そこでセンセイは一拍置いてゆっくりとソラに語りかけた。


「一つは、あなたがオーブ帰ることを諦めること。住居は提供するし、生活費もあなたが成人するか、リヴァイブが瓦解するまでは保障します」

「そんな!帰るのを諦めるなんて!!」

「でしょうね。では、あなたにはもう一つの選択肢を選んでもらうしかないわ。あなたをオーブに帰すことができるまで、この基地内で軟禁状態になる、という選択肢を」

「軟禁、状態?」

「そう、軟禁。つまり戦争が終わるか、あなたがオーブに帰れるようになるまで、どこか一室にずっと閉じこもったままでいてもらうの。戦争において相手の情報はとても大事だわ。あなたがリヴァイブについて知れば知るほど、あなたをオーブに帰した時の私達のリスクが増える。だから本当にオーブに帰りたいのなら、あなたはルールを守って欲しいの。それは私達”リヴァイブ”について知ろうとしないこと」

「だから私を軟禁、ですか」


一度頷いてからセンセイは続ける。


「繰り返すけどごめんなさい、あなたには、この二つのどちらかを選んでもらうしかないの。不条理と思うでしょうけど、これが戦争をしている私たちができる、ギリギリの譲歩なのよ」

「そうですよね……。戦争、してるんですもんね」


それだけ呟くと再びソラは無言になる。僅かな呼吸音だけが部屋を満たす。


「それでも、やっぱりオーブに帰してください。お願いします」

「わかったわ。リーダーには、そう伝えておきます」


小声だがしっかりと答えたソラに、センセイは頷きながら言葉を返す。そんなセンセイの二の腕に少しだが引っかき傷があるのにソラは気付いた。


「あ、あの!その腕の傷……ごめんなさい、私がつけた傷ですよね」

「あら?女の身体を傷物にしたのよ?言葉だけで許してもらえると思ってるの?」

「え?」


素直に戸惑うソラにセンセイは忍び笑いを漏らす。


「うふふ、冗談よ。レジスタンスやっているんですもの、こんなのは傷のうちにも入らないわ」

「酷い。からかったんですね」


ほんの少しだが、初めて笑みらしいものを見せた。

そしてソラは微笑むセンセイを見て、前から疑問に思っていたことを意を決して訊ねた。


「……センセイはなんでレジスタンスなんてしているんですか?それに匿名希望って……」

「あら、また随分と直球ね。でもね、秘密は大人の女のアクセサリーよ。そう簡単に教えるわけには、ね?」

「……」


はぐらかす様に冗談めかして答えるセンセイだったが、ソラの真剣な眼差しに折れてしまう。


「ふう……。仕方ないわね。秘密にすると約束してくれるなら、少しだけ教えてあげるわ」


頷くソラをを見てセンセイは口を開く。


「私はね……」






「ここかい?シンが馬鹿やって攫ってきたっていう女の子の部屋は!」


二人の邪魔をするドヤトヤと騒がしい声。 センセイが肝心なことを話す前に、それは突如部屋に乱入してきた屈強そうな男達に遮られた。


「……仮にも女の子の部屋よ?ノックくらいしたらどうなの?」


呆れたように問うセンセイに、先ほど大声を上げながら入ってきた赤いメッシュの入った金髪が特徴の男が答えた。


「そんな硬いこと言うなって。あ、君が噂の子だね。う~ん。五年後くらいが楽しみだ。俺のことは気軽に『少尉さん』って呼んでくれ。よろしく!」

「は、はぁ……よろしくお願いします」

そういうと男はいきなり右手を差し出さしてきた。 相手の気迫と陽気な笑みに押し切られて、ソラは思わず握手してしまう。

「君、名前は?」

「ソ、ソラ=ヒダカといいます……」

「ソラちゃんかあ。爽やかないい名前だね~。しかしシンの馬鹿に巻き込まれるなんて大変だったね。ソラちゃん、その胸の悲しみを僕に、どうぞ打ち明けたまえ」


両手を広げて「飛び込んでおいで」と暑苦しい位爽やかな笑みを浮かべる少尉の顎に拳が叩き込まれた。ガツン!と鈍い音が響く。


「そういう俺達の品位を疑われるようなことはするな、とあれほど言った筈だが?」

「いっつー!いきなり何すんですか大尉!俺は言われたとおり紳士的に振舞ってるじゃないです……くわ!?」


顎を押さえてしゃがみ込んだ少尉の頭に、黒い拳が目掛けて落ちてくる。悶絶している少尉の後ろから、ぬっと煙草を咥えた色の黒い大男が現れる。見慣れない風体にソラは思わずぎょっとする。


「ソラさん、だったな?こいつの女好きは病気なんだ。どうか許してやって欲しい。私の事は大尉と呼んでくれ」

「ど、どうも……。あの……私気にしてませんから……」


大尉と名乗った黒人男性はすっと手を差し出す。ソラはおっかなびっくり握り返すが、固い掌からこの人も戦場を潜り抜けてきた人なんだと、漠然と感じた。先ほどの少尉と名乗った男も筋肉質な体型だったが、大尉はそれとは比べ物にならないほどごつい体つきをしている。少尉よりも低い身長も合わさって遠目に見たら、少々肥満体にすら見えるほど発達した筋肉をしている。ただその容姿とオーブではあまり見かけない黒人ということもあってソラは、大尉の丁寧な謝罪と挨拶にも関わらず少し怯えていた。


「大尉~、ソラちゃんが怯えてるじゃないっすか。大体女の子を慰めるのなんて大尉のキャラにはあってないんすからやっぱりここは俺が」

「どうしてももう一発欲しいようだな、ああん!?」


握り拳を作って少尉に迫る大尉。そんな二人の後ろから無表情、というには僅かながら眉を寄せた顔付きで、冷静そうな面持ちの男が入ってくる。


「何やってんですか、二人とも。彼女すっかり怯えていますよ」

「や、そうだったか。スマンな中尉。気づかなかった」

「だから俺がさっきから……」

ゴンッ。もう一発少尉の頭にゲンコツが飛んだ。

中尉と呼ばれた第三の男。ソラのこの男の第一印象は「細い」だった。しかしそれは少尉より頭半分ほど高い身長によって全体像として細く見えるだけで、腕の太さなど局部だけを見ればやはり強靭そうな筋肉に覆われていた。


「申し訳ありません、センセイ。止めようとはしたのですが二人がかりでは流石に不可能でした」

「……気にしないで、大体の事情は察しがつくから」


入り口付近で大声で騒ぐ大尉と少尉の二人にちらりと目をやる。


「いつもの事ってことなのよね」


センセイはふうっとため息をついた。 通称『大尉』、『中尉』、『少尉』 この三人はは貴重なモビルスーツのパイロットであり、皆の信頼を集めるリヴァイブの中核メンバー達である。しかしプライベートにおける行動はあまり評判はよろしくない。決して悪い人間ではないのだが、少尉は事あるごとに女性にちょっかいを出すし、大尉は”面白そう”という理由だけで結構突飛な行動をすることもしばしば。中尉が二人を抑えに入るが大抵押し切られてしまう……というのが何時もの流れだった。

ただセンセイの立場から言えば呆れる事ばかりだし、もう少し自重してくれると助かる……とも思っている。ちなみに中尉は三人の中では紳士然とした抜きん出た常識人で、センセイも彼をとてもく信頼している。ただもう少し二人への抑えが効けば嬉しい、と密かにさらなる期待をしているのは秘密だ。もっともそれは無理な話なのだが。


「……三人とももう挨拶も済んだんだし満足でしょう?モビルスーツのパイロットは休むのも仕事のうちなんだから。あんまりふらふら出歩いてないで自室に戻ったらどうなのよ」

「甘いぜ、センセイ。俺達は三人一組だぜ?三位一体、一蓮托生!俺達三人で見張りに立てばバッチリでしょ!!」

「中尉……」

「申し訳ありません。そういうわけでして……」

「大尉……」

「このバカを一人でここに置けと?狼の前に何とやらですよ、センセイ」

「……」


少尉にヘッドロックをかけたまま大尉は断言する。センセイは思わず軽い頭痛を覚えた。すると入り口の向こうから、それまで見張りをしていた青年が途方に暮れた様に聞いてくる。


「あのー、私は?」

「お前はとっとと休憩に入れ!交代だ、交代!」


シッシッと少尉は青年を追い払おうとする。ところが不意にひょっこりと青年の横から小ぶりな男の子が現れた。


「駄目だよー。ここからは俺の見張り番だから」

「シ、シゲト!?」

「へっへー、ここの見張り番はオイラの役目に回ってきたのさ、で、ちょうど今が見張りの交代時間ってわけ」


短く刈った茶髪とニンマリと笑う笑顔。典型的なわんぱく坊主といった感じだ。と言っても既に女の子一人に女性一人、さらにごつい男が三人も居る部屋は満杯の状態で部屋の入り口に立った、の方が正しい表現だが。


「見張りって誰の命令だよ」

「リーダーだよ。ほら、交代のスケジュール表にもちゃんと書いてる」


そういうとシゲトと呼ばれた少年はは大尉達に交代要員の一覧が書かれた紙を見せる。 確かにそこにシゲトの名前があった。


「……シゲト、本気でお前一人でか?少々不安だな」

「そうそう、お前一人じゃ大したことも出来ないだろ。諦めて帰れ」


大尉と少尉が交互にシゲトと呼ばれた少年を冷やかす。


「何だよ!俺達だってリヴァイブの立派なメンバーだぞ!見張りぐらいどおって事ねえよ!」


茶化された少年はぷいっっと膨れっ面で反論した。


「俺達?」


少尉が怪訝な顔をする。なんとシゲトの腕にはあの時計”AIレイ”があった。


《そういう事だ。一切問題ない、俺も一緒だからな》

「なんだレイ。お前もいたのかよ。そうならそうと早く言えよな」

《最初からシゲトは”俺達”と言っていた筈だが?》


正論にぐっ、と少尉は喉を詰まらせる。


「ま、レイが一緒ならシゲトでも大丈夫だな」

「でもってなんだよ!でもって!」


シゲトが抗議するが大尉はあっさりと無視した。


「行こうか、少尉、中尉。いい加減にしないとセンセイも怒り出しそうだしな」

「了解です、大尉」

「じゃ、ソラちゃん。また後で会おうね~」


来たときと同様、三人は唐突に去っていった。大尉と少尉が暴れだした辺りから圧倒されっぱなしだったソラがやっと一息つく。


「なんていうか……凄い人達ですね」

「でもああ見えてそれほど悪い人達じゃないわ。意外に紳士的な所もあるのよ」

「そ、そうなんですか」


とはいうものの、野次馬根性よろしくドタバタと騒いでいった大尉達三人と、センセイのいう”紳士的”という言葉がどうにもかみ合わない。そんな取り留めの無い事を考えていたソラは、ふと気づく。


「……あ、そういえば」

「どうしたの?」

「私、あの人達の名前ちゃんと聞いてませんでした」

「言ってたじゃない。『大尉』『中尉』『少尉』だって」

「え、でも……」


それは名前じゃなくて階級だ。それぐらいはソラにも分かる。ところがセンセイはソラに思わぬ事実を告げる。


「ここではいろんな過去を持っている人がいるわ。だから中にはいろんな事情から、本名を名乗れないで偽名を使ってる人もいるの。あの三人も同じ。だから私みたいに通り名ですましてるわ。本当の名前はあるでしょう。でもね、戦いが終わるまでそれは封印されたままなのよ」

「……ここが戦場だからですか?」

「んー、半分だけ正解かしら。確かに私達がレジシタンスという事も理由のひとつね」

「あとの半分は何なんです?」

「それはね、ヒ・ミ・ツ」


センセイは笑ってそう答えるが、ソラの胸中は複雑な思いで満たされる。戦場という世界は人が人として普通に生きる事すら、制限してしまうのか。そういう現実を垣間見た気がした。


「さて、お喋りはもうお終い。私もそろそろ自分の仕事場に戻らないといけないから。じゃあまた後でね、ソラさん」


立ち上がり、部屋から出て行こうとするセンセイは、すれ違いざまに微笑みながらシゲトにそっと囁く。


「変な気を起こさないようにね?シゲト君」

「なッ!!?」

《問題ない、俺もいるからな》

「確かにレイがついているなら安心だわ。後はよろしくね」


手をヒラヒラと振りながら去っていったセンセイを、シゲトは苦い顔で見送った後、つけていた腕時計を外してソラに突きつける。


「これ」

「えっと?」


AIレイだった。


「シンからだよ。レイなら側にいてもそれほど気にならないし話し相手が居た方がいいだろ?オレは外にいるから何か用があったら呼んで」

《まあそういう事だ》


ぶっきらぼうに言うシゲトから、少し戸惑いながらソラは受け取る。再びソラの手元に戻ったAIレイは相変わらず愛想の欠片もなかった。


「あ、あの……」

「俺の名前はシゲト。シゲト=ナラ。シゲトでいいよ。大尉達みたいに偽名とかじゃないぞ!ちゃんとした本名だからな!」

「……」


ぎこちなく自己紹介をするシゲトの様子が、なんだが微笑ましかった。なんとなく気持ちがほぐれてくる。


「うん、ありがとう……。シゲト君」

「い、いや!き、気にしないでいいよ!」

「私はソラ。ソラ=ヒダカ。シゲト君と同じ、れっきとした本名だよ」

「ソラさんか……!き、綺麗ないい名前だね!」

「うん、ありがとう」

「ソ、ソラさん!じゃ、また今度!」」


顔を真っ赤にしてシゲトはそれだけ言うと部屋の外に飛び出して行く。


《おい、シゲト。ドアの鍵を閉め忘れてるぞ》

「あああ、そ、そうだった!?」


真っ赤な顔をさらに赤くして戻ったシゲトは勢いよくドアを閉め、ガチャリと鍵をかけると、そのままバタバタと走り去っていってしまった。 部屋の中にははソラとAIレイだけが、ポツンと残された。


「どうしたんだろ?なんか慌ててたみたいだけど」

《リヴァイブにはいなから同世代の異性と接触した経験があまりシゲトにはない。どう接すればいいのかよくわからないのだろう。そのうち慣れる。気にするな》

「そうなんですか……シゲトくんは普通の男の子に見えるし、なんでレジスタンスなんてやってるんだろう。シゲトくんだけじゃない。センセイだって。それにさっきの大尉さん達なんてモビルスーツのパイロットなんでしょう?てっきりもっと怖い人たちかと思ってたのに。本当になんでレジスタンスなんて……」

《そうだな、そう思うのも当然だろう。そう思うことが本来は正しい。皆も口には出さずともそう思っているだろう》

「それが正しいと思うのならなんでレジスタンスを?」

《……”正しい”というだけでは通じないことがこの世には多すぎる。俺の口からはこれ以上は言えない》


レイの答えはソラを深い疑問の渦へと誘う。


(”正しい”というだけでは通じない……じゃ”正しい”って何だろう?)






その頃、東ユーラシア共和国軍サムクァイエット基地司令室。先ほど共和国政府国防省から送られてきた通達に、司令ドリュー=ガリウスは色を失っていた。


「これは一体……!なんだと……!!」


衝撃にうち震える手に握られた指令通達書。それにはこう書かれていた

――失態がこれ以上続くなら、治安警察からの出向指揮官にコーカサス方面軍の全権を委ねる、と。

つまりこれはガリウスへの降格に等しい処分なのだ。先日のレジスタンス討伐失敗が治安警察の面子を潰したのだろう。 そのため業を煮やした彼らが直接介入に踏み切ったのだ。もはやガリウスには選択肢はなかった。


「至急ここに少佐を呼べ!大至急だ!」


ガリウス司令は隣室に控えていた秘書官を怒鳴りつけ、即刻副官を呼ぶよう厳命した。もはや手段や多少の損害に拘っている場合ではない。


そして数時間後、ひとつの作戦が決定する。

補給部隊を囮にしてリヴァイブをおびき出し――叩く、と。