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東ユーラシア共和国独立宣言のデータ
発生日付 CE74 5月
関連人物
関連組織 東ユーラシア共和国

概略編集

独立の背景編集

アラスカ基地壊滅におけるユーラシア連邦の被害編集

アラスカ基地壊滅におけるユーラシア連邦所属軍の被害は甚大なものであった。さらにアラスカ基地壊滅におけるサイクロプスの発動は事実上大西洋連邦の独断で行われたため、ユーラシア連邦は直接的には大西洋連邦から被害を被る形となった。

この時点でユーラシア連邦大西洋連邦の間には決定的で埋まることの無い溝が発生することとなった。

この溝がユーラシア連邦内部の分裂を引き起こすことになっていく。

特にコーカサス地方における反抗活動は突出したものであった。多くのデモ、破壊活動が行われた。数多くのテロ・レジスタンス組織が結成され、コーカサスの夜明けの素地となる組織もこの頃に結成された。

しかしこの苛烈と言えるレジスタンス活動は大西洋連邦の直接介入をユーラシア連邦に認めさせることになったのは皮肉としか言いようが無いことであった。大西洋連邦コーカサス地方にレジスタンス鎮圧の名目で自軍を駐留させたのである。当時のユーラシア連邦には大西洋連邦の申し出を拒むだけの力は無く、なし崩し的にコーカサス地方への大西洋連邦駐留を認める形となってしまった。

駐留軍はローエングリンゲートをはじめとする設備を整え、ガルナハンをはじめとするコーカサスの各都市に駐留費用の負担を強いた。

これに対応する形で、レジスタンスは徐々にまとまった組織活動を行う必要性に迫られるようになっていった。これがコーカサスの夜明けの成立経緯である。

ユーラシア連邦の内部構造編集

アラスカ基地壊滅時点でのユーラシア連邦における内部構造はブリュッセルを中心とする中央政府とモスクワを中心とするモスクワ州政府に事実上分かれていた。

ブリュッセルの中央政府は名目上ユーラシア連邦の中枢組織であった。しかしユーラシア連邦の広大な領土を一つの中央集権組織で運営することは事実上無理が生じる部分があるため、実体としては西のブリュッセル、東のモスクワと言う形で東西に分かれて政府機能を分割運営していた。

ここで、ポイントになるのが軍の組織構造である。人口比率や組織上の問題があいまって、ユーラシア連邦軍の構成としては東と西の比率が6:4で東側の比率が高くなっていたのである。

この比率は連邦議会議員定数比が5:5になっていることに対して明らかな不均衡であったと言えよう。

内部分裂に向けた動き編集

アラスカ基地壊滅におけるユーラシア連邦軍の被害は、その軍構成比の違いを背景として東西で対応方法についての意見の相違を発生させることとなった。

ブリュッセル中央政府は大西洋連邦に対し、あくまで外交カードとしてアラスカ基地壊滅を利用し、経済的援助を取り付けようと考えていた。対して、モスクワ州政府としては地球連合脱退を視野に入れた大西洋連邦への保障要求を軸とした強硬策を提示した。

ユーラシア連邦議会は大揺れに揺れた。結果としてはブリュッセル中央政府案をベースとした融和路線での経済保障要求を大西洋連邦に求める形となった。しかし、実際には大西洋連邦からの保障は行われることは無く、このことがモスクワ州政府の中で独立へ向けた動きを加速する結果となった。

モスクワ州政府はこれ以降、内々に独立に向けた準備を進めることとなった。

なおコーカサス州は、第二次汎地球圏大戦にて行われたプラントの戦艦ミネルバによるローエングリーンゲート解放が行われ、事実上大西洋連邦の駐留から解放される。

これに伴い、改めてコーカサス州議会の議員選出のための選挙が行われ、議員の85%が反大西洋連邦の議員でまとまることとなった。

そして議会は前代未聞の政策を採る。すなわちレジスタンス組織の正規軍編入である。これを記に多くのレジスタンスを行っていた者たちが正規軍に編入され、コーカサス州軍として正規の訓練を施されていくことになる(この頃大尉中尉少尉コニール=アルメタも正規軍に編入されている)。

議会の再編に伴い、コーカサス州は独立を強く意識し始める。大西洋連邦の撤退を受けると同時にプラントの力を背景に、コーカサス州はペルシア湾の港の使用権を独占することに成功、そこを基点に大洋州連合との貿易ルートを確保した。

プラントの後ろ盾があったとはいえ、ついにコーカサス州がユーラシア連邦の中で、いち早く事実上の独立を手にすることが出来た瞬間であった。

ブレイクザワールドの被害編集

第一次汎地球圏大戦終結後、プラント地球連合との戦争は一時的な終結を見る。しかし、ザラ派の暴走によるユニウスセブン落下事件、通称ブレイク・ザ・ワールドにより世界はまた戦乱の時代を迎えることになる。

ブレイクザワールドユーラシア連邦に対して与えた影響は甚大なものであった。カザフスタンやウズベキスタンに代表されるユーラシア大陸中央部に位置する穀倉地帯はコロニーの破片によって壊滅的な打撃を受けてしまう。

この穀倉地帯への打撃はユーラシア連邦のみならず、全世界的な食糧不足を引き起こし、その後の世界に深刻な影響を刻む結果となった。

しかし、この大被害に対してブリュッセル中央政府の取った復興政策は、あまりにもお粗末と言わざるを得ないものであった。

復興政策は政治中枢のある西ユーラシアを中心に進められていった。これはブレイクザワールド以降起こる第二次汎地球圏大戦開戦に対応するべく、アラスカ基地壊滅で受けた被害を回復し、軍を再構築する必要性に迫られたためであったと言える。

国際関係から考えれば、軍再構築を最重要課題にすることは一つの政治的決断でありえたかもしれないが、この決断は穀倉地帯の被害をあまりにも小さく認識してしまったと言わざるを得ない。食料プラントの導入により、旧世紀に比べ格段に食料生産効率は上がったとはいえ、依然として食糧生産の中心はユーラシア、アメリカ大陸の穀倉地帯にあることは間違いの無い事実であった。

ブレイクザワールドによってユーラシア、アメリカ双方の穀倉地帯が深刻な打撃を受け、世界の食糧生産は危機的な状態にあったのだ。

そんな状況の中、各政府が取るべき政策は決して戦争ではなく、食料政策の根本的見直しであったはずだったのだ。

モスクワ州政府は独自に穀倉地帯への保障政策を採ろうと連邦議会に提案はするものの、そのときの民意がプラントに対する感情的な思いへと傾いていたため、結局採択されることは無かった。

すでに独立に向けて動いていたモスクワ州政府にとって、この失政は独立の正当性を裏付ける結果となっていく。

デストロイによる西ユーラシア都市壊滅編集

しかし、仮にブリュッセル中央政府が食料生産対応を計画したとしても、その計画は水泡に帰すことになったであろう。

第二次汎地球圏大戦におけるユーラシア連邦にとっての最大の被害である西ユーラシア都市壊滅事件が発生したためである。地球連合の巨大MSデストロイの大量投入による西ユーラシアの主要都市攻撃は、西ユーラシアにおける政府機能を事実上停止させる結果を招く。

またしてもユーラシア連邦大西洋連邦(実体はロゴスだが)に裏切られ、その実体を失うことになってしまったのだ。 もはやブリュッセル中央政府はユーラシア連邦を率いていく事が事実上不可能となり、代わりにユーラシア連邦の政治機構を担う存在として期待されたのがモスクワ州政府であった。しかしブリュッセル中央政府がその実権を手放さない以上、モスクワ州政府がすぐに正常な統治を行えるはずも無く、西ユーラシアは無政府状態になっていく。

もはや事態は一刻の猶予も無かった。 そこで、モスクワ州政府が採った政策は、まず東ユーラシアにおける政治基盤の確立と独立性の確保を図ると言うものであった。つまり西ユーラシアを切り捨てたわけである。この決定はユーラシアの心理的な東西分裂を決定的なものとしていった。

独立宣言編集

独立の形態編集

独立にあたり、モスクワ州政府は国家の形態を整備した。当初、アラスカ基地壊滅が独立への最初のきっかけであった経緯があり、幸いにもその点においては東ユーラシアの各州の方針は比較的容易に調整することが出来た。

問題は、独立国家としてどのような政治形態で立国するべきかという点であった。連邦制を維持し、その上で国家的な対応を中央議会を頂とした立法機関と各州に存在する行政府で対応していく形をとるのが通常ではあった。

しかし、モスクワ州政府はあえて共和制による中央集権国家の樹立を目指すことを東ユーラシアの各州に合意することを迫っていった。これは度重なる被災で国土が疲弊しきっているため、その復興対策を迅速かつ、時には超法規的に行う必要性があったためであった。

ガルナハンを含むコーカサス州は電力を中心とした産業設備に対する影響は比較的軽微であったために、最後まで連邦制を主張していたが、ウズベキスタン周辺の惨状と加味し、最終的には共和制による立国に同意することとなった。

ここに東ユーラシア共和国の素地が完成することとなる。

独立宣言の実施編集

独立の素地をある程度整えることが出来たモスクワ州政府は、独立宣言の宣誓のタイミングを伺うこととなった。本来であれば、西ユーラシア都市壊滅の段階で独立を宣言すべきだったとの意見もあったが、現実問題としてそれはかなり厳しいものであったと言える。

西ユーラシア都市壊滅の時点では依然として大西洋連邦の勢力が存在しており、独立と同時に大西洋連邦が併合のために軍をユーラシア全土に派遣することは明々白々であったためだ。モスクワ州政府大西洋連邦の軍がその動きを緩めるタイミングを伺う必要があったのだ。

果たして、歴史はモスクワ州政府の思惑通りに進んだ。メサイア攻防戦により大西洋連邦宇宙軍はアルザッヘル基地に壊滅的な打撃を受け、同時に大西洋連邦大統領ジョゼフ=コープランドの死亡という政治基盤の喪失とも言える打撃を受けたのである。

このタイミングを逃すことなく、モスクワ州政府は東ユーラシア諸州との連携をとり、独立宣言宣誓に向けての準備に入った。そして、またも歴史は動く。オーブ連合首長国併合演説であった。

この演説は、地球圏の主導者が大西洋連邦からオーブ連合首長国へと移る、歴史的転換点と言えるものであった。つまり、オーブ連合首長国との連携により、大西洋連合をけん制できるようになったという事実を如実に表すものであったのだ。

この歴史的一大イベントをモスクワ州政府が見逃すはずは無かった。

ここに東ユーラシア共和国の独立宣言が行われ、どの宣言内容にはすでにオーブ連合首長国との融和路線が明確に盛り込まれることとなった。

この東ユーラシア共和国には当初コーカサス州は含まれていなかった。コーカサス州は事前に確保していた事実上の独立を保持したかったためである。

しかし、東ユーラシア共和国の成立とプラントのオーブ併合により、ペルシア湾の使用権はコーカサス州から剥奪され、東ユーラシア共和国に移ることになったため、食糧輸入という側面において、コーカサス州は東ユーラシア共和国からの輸入に頼らざるを得ないと言う事態になってしまう。

同時に、東ユーラシア共和国コーカサス州に対して大きなプレッシャーをかけていった。全ての輸出入に対して80%の関税率を一律でかけ、事実上の経済制裁をかけたのである。

これにより、コーカサス州は輸入、輸出共に窮地に立たされる。経済的に立ち行かなくなったコーカサス州政府は、最終的に東ユーラシア共和国への編入を認めざるを得ない状況に追い詰められていった。

もはやコーカサス州には編入を拒む余力はまったく残っていなかった。プラントという支援国家を失った彼らに選択の余地は無かったのである。

コーカサス州政府は東ユーラシア共和国への編入を宣言し、行政府、立法府、司法府全てに対して東ユーラシア共和国の組織を受け入れる形となった。東ユーラシア共和国軍が進駐し、対して州軍は事実上解散、かつてのレジスタンスたちも解雇されていった。

解雇されたレジスタンスたちは、この編入に対して当然不満を抱き、独自にレジスタンス組織を形作っていった。

これがレジスタンスコーカサスの夜明けの誕生であった。

物語における役割編集

この物語において、東ユーラシア共和国コーカサス地方に厳しい負担を強いる強権的な政府として描かれることになります。

しかし、当然ながらその負担は東ユーラシア全体を考えた上でのものであり、かつオーブ連合首長国との間には大西洋連邦との関係において、国として一つの借りがあるのが、今の東ユーラシア共和国の実情です。

物語を描く際には、東ユーラシア共和国の正義もまた描かれるべきでしょう。

関連する出来事編集

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