機動戦士ガンダムSEED Revival
Advertisement

――広大な宇宙の中、ぽつりと浮かび上がる光点がある。 地球と呼ばれる、世界の中の一つの奇跡。そして、その中で育まれた生命の中で最も繁栄した者達。それを、人類と呼ぶ。

だが人類、人は、いつしか自らを創りたもうた創造者達に対する畏敬の念を忘れ、我の繁栄を求め、醜く争い合う者達へと変貌していった。 そして彼らは地球を飛び出し、宇宙へ居を構えたとしても相変わらず、我を求めて争い続けていた……。





CE78、 2月12日。リンカーン・バースデイ。 かつて奴隷解放を訴えた、旧世紀の大統領生誕記念の日。その彼も見詰めただろう満天の星空。しかしそう評するにはその光景は殺風景な暗黒の世界だった。 ラグランジュポイントに程近い、デブリ帯が多数存在する宙域“エルジュ=パナンサ”

かつて、“ユニウス7”と呼ばれた場所。そこは様々な災厄の始まった聖地であり、人々が懸命に目を背ける原罪の地である。民間のシャトルバスや輸送船団は決して通ろうとしない所だった。目に付くものは星空ではなく、無数のデブリ。破壊されたコロニーの外壁やそこで廃棄された戦艦の残骸、及びそれらの破片。更にコロニー内に存在した様々な物質――家や車、土砂や山、そうしたもの――それらは、等しくこの場所の事を声高に宣言していた。


解りやすく言えば、”墓場”とでも呼ぶべき場所なのだろう。


そして、この場所は雰囲気だけでなく実際に危険な宙域であった。何度かの使節団などの派遣、調査隊等により、どの程度の被害があったのか、そしてデブリがどのくらいあるのかは調査されている。だが、デブリのもっとも恐ろしい点は“増殖する”事だ。デブリとデブリが不規則に動き、互いにぶつかり合う事によってそれらは数を増やしていく

――小さな破片一つでも運動エネルギーは無重力空間に置いては恐怖の対象だ。いつ、どこで、どこからデブリが発生して、どこへ飛んでいくのか誰も解らない。そんな場所は危険でしかないのだ。

ところが、そうした危険な地域であるにも拘わらず、そこを好んで通行する者達も居る。それらは二種類のタイプが存在しており、一種類目は俗に“宇宙海賊”と呼ばれる連中である。彼らにとっては“航行上の危険”より“住み処を襲われる危険”の方が遙かに危険だった。確かに航行中にデブリと衝突する事も無くは無いが、その程度で済むのなら、という事だろう。

そして、もう一つのタイプ。 この時代であれば、もう一つのタイプに分類される者達は、彼らの事を指す。“統一地球圏連合宇宙軍艦隊”。現在、宇宙空間の秩序を一手に担う“法の側の権利執行者”達である。


「……また、厄介な場所に逃げ込んでくれるもんだ……」


統一地球圏連合宇宙軍艦隊総旗艦“ミカエル”のマストブリッジ、司令官席にどっかと座ったムゥ=ラ=フラガは溜息を漏らす。肘掛けに頬杖をつき、物憂げにブリッジ前面全体に展開された星の海を見据える。そこには、雑然としたデブリの群れしか見えず、彼らの目的とする“敵性艦”の影も形も見えない。


「わざわざ“革命軍”を号するだけあって、準備は万端であったんでしょうね。……忌々しい連中。ゴキブリの様に、逃げ足だけは速い事……!」


同艦長にして同艦隊副司令、ミラ=フェオファーンは綺麗な唇を憎々しげに歪める。きつめの瞳が、更に釣り上がる様は少々ヒステリックだ。口元に寄せた右手親指を噛みたい衝動に駆られて居るらしく、何度も指を口元に寄せている。その度にそれに気が付き、出来る限り直立不動の姿勢を取っていた。隣でその様を見ているムゥにしてみれば何とも微笑ましい話だが。

“ネェル=ザフト”

彼らはそう名乗り、統一地球圏連合に堂々と宣戦を布告した。彼らの大多数は直ぐに誰だか知れた。よりによって彼らの殆どは旧ザフト軍人だったのだ。親ザラ派と呼ばれた、武闘派の一派……統一地球圏連合の発足当初から彼らは現政権に不満を持っていた。

ラクス=クラインという、元々ザラ派とは相容れない存在。それでも国のため、人々のため、平和のため……彼らはそう、己に言い聞かせていたのかもしれない。だが、彼らの思いも空しく、彼らの愛した祖国は“統一地球圏連合”と名を変え、そして二度の対戦の最中に彼らに繰り返し刷り込まれた“ナチュラル達への侮蔑衝動”。彼らにとって、その決起は衝動的であったにせよ、納得出来るものであった。


「我々は、一体何を得るために戦った!? これを、真に平和だと言うのか!?」


彼らのスローガンは、確かに万人に向けてのものではない。彼ら自身に向けてのものに間違いはない。だが、彼らにとってそれは正論であり、彼らが命を賭けて守るべきものであった。 対するラクス陣営は、あっさりとそのスローガンを否定した。


「どんな理由であれ、武器を取り、人々を恫喝する。……それは、私達が求める平和の対極。皆様、願わくば直ちに全ての武器を捨て、平和な世の中を創りましょう……。」


彼ら――ネェル=ザフトと名乗った者達――は、世間から孤立した。

元々が武闘派でしか無かった集団が中核となったものである。政治的な根回しなどには縁の無い集団が、何時までも戦争が出来るわけがない。あっという間に彼らは敗北に次ぐ敗北、敗走に次ぐ敗走を繰り返し、そして今残ったネェル=ザフトの艦隊はここ、エルジュ=パナンサへ逃げ込んだのである。


「さて、どうすっかな……」


頬杖を止めて、大袈裟に伸びを打つと、ムゥは肘掛けにあるコンソールに向き直る。手慣れた手つきでコンソールを操作すると、ムゥの目の前に立体ホログラフでエルジュ=パナンサの宙域図が浮かび上がった。それに暫し見入り、ムゥはまたも溜息を漏らす。


「……とても戦艦では入れないな」

「何故です? 一応当艦でも航行可能なルートは5つは準備出来ますが……」


確かにデブリ帯は宙域艦には驚異である。だが、ミカエル貴下の艦隊はそのどれもが新鋭戦艦であり、この程度のデブリ帯など物ともしない。しかし、そんなミラにムゥは重々しく言う。


「連中にはもう、後が無い。……この程度の距離しか取れないのでは、艦隊特攻をみすみす許す事になる。こんな事で、将兵を失いたくはない」


”艦隊特攻”。それを聞いて、ミラも青ざめる。 ムゥは、また溜息をついた。


(……今の軍人達は皆、新しい世代。言い換えれば、実戦経験に乏しい連中ばかり。まともな連中は皆、今はデブリの向こう側……か。“平和な時代”……何もかもが上手くいく時代でもないという事か……)


ミラはまだ良い方だ。今士官になっている者の中には、戦争をコンピュータ上でしか体感して居ない者もいる。反応速度や適応性に秀でた者達が前線勤務になるのは当然の流れで、どうしてもコーディネイターが軍隊の中核となるのが現在の主流になってしまう。こうした世代交代による弊害は起こり得るものだった。なればこそ、ムゥの役目は重大なのだ。


(こいつらを少しでも長く、生きさせなければ……)


ムゥは顔の傷をつつ、と撫でる。知らず知らずそれはムゥの癖になっていた。……考え事をする時の癖。消す気の起きない、己が犯した罪の残滓。決して忘れてはならない記憶の形。今のムゥを構成する大事な要素。 しばし考えた後ムゥは決意する。


「追撃のメインはモビルスーツ隊で行う。指揮は俺が執る。――艦隊指揮はミラ、お前がやれ」

「はっ……? し、しかしそれではフラガ司令の御身が……」


予期せぬムゥの命令を聞き、ミラは蒼白だ。それはそうだろう、艦隊司令がその任務を放り出してモビルスーツ隊を率いると言ってるのだから。しかも、“囮部隊”という危険な任務で、だ。 しかしそんなミラに、ムゥはにやりと笑う。


「そう心配するな。……ちょいと連中の度肝を抜いてやるだけさ」


そう言うと、心配そうなミラの額を人差し指で突く。その悪童な雰囲気は正に“エンデュミオンの鷹”と呼ばれた男のものだ。


「……こ、行軍中です! そういう真似は止めて下さい!」


からかわれた気恥ずかしさか、ミラは顔を真っ赤にする。しかし、その声の方がブリッジクルーに良く聞こえたらしい。クスクスと、忍び笑いがミラにも聞こえる。


「………~~~~ッ!」


もはや、黙って堪えるしかない。そんなミラに、ムゥは「まあ、みんな仲良くやれよ。」と軽く手を振り、さっさとマストブリッジを出て行った。一人残されたミラは、八つ当たりの様にブリッジクルーに指示を飛ばし始めた。仮にも出撃をするのだ。やる事は山の様にある。だが、それはやっぱり八つ当たりの様に見えた。






ムゥはふと、出航前の事を思い出していた。


「……“イグ”?」

「そう。その機体がこないだの基地襲撃のドサクサで強奪されたって事らしい」


ムゥの目の前に座る男――アンドリュー=バルトフェルド。今、ムゥは出航前の貴重な時間を縫ってバルトフェルドに挨拶に来ていた。二人は良く、仕事の暇を縫ってこうして二人で語り合う。……お互い、妙に気が合うのである。双方が歴戦の軍人である、という事かもしれない。または、一人の女性を良く知る間柄であったからかもしれない。

ともかく、彼らはバルトフェルドの秘蔵のコーヒーを味わい合う同好の士であった。 室内にほんのりとしたコーヒーの香りを漂わせながら、彼らは談笑する。……とはいえ会話の内容は到底“談笑”などと言えるものでは無かった。


「ったく……。“秘密裏”に軍部が製作した“最新鋭のモビルスーツ”っていうのは、どうしてこうも“強奪”される運命にあるんだ?」

「知らんよ。まあ、それこそ運命って奴なんだろうがね」


呆れ顔のムゥに、バルトフェルドはどうでも良いという風情を見せる。


「強奪されたイグは、イグ=フォース、イグ=ブラスト、イグ=ソードの計三機。……まあ要するに“全部強奪されました”という事らしいね」

「余程楽しい警備体制だったんだろうな。……ダンスパーティでもやってたのか?」


ムゥはコーヒーを一口啜る。芳醇な香りが鼻を打つ。


「いや、警備は割と普通だった。つまり……」

「――警備についた者、または警備状況に深く携わる者。――ないしはモビルスーツに乗る事が不自然でない者が居たって事か」


ご明察、とバルトフェルドは答える。


「その通り、イグを盗んだのは内部の者だ。……といっても、今回の騒動の殆どの連中が内部の者であったのだがね。盗んだのは、三人の見目麗しい女性達さ」

「女性?」

「シホ=ハーネンフース、リュシー=マドリガル、ユーコ=ゲーベル………将来を嘱望された、ザフトレッド達さ。」





自らの専用モビルスーツ『黄昏』のチェックをしながら、ムゥはバルトフェルドに言われた事を思い出していた。


『出来れば、イグは破壊してくれ。アレが大西洋連合の手に渡ったら、現状の統一地球圏連合のモビルスーツ技術の殆どが流出してしまう。……そいつは、流石に不味いんでね』


確かに不味い。只でさえ不透明な現状で、更に大西洋連合を活気づかせる訳にはいかない。また、ネェル=ザフトに大西洋連合とのパイプを創らせる訳にもいかない。強奪された以上、部分的な流出はある程度は止むを得ない。だが、機体を丸ごと奪われて解析されては目も当てられない。


「やれやれ、どうして女ってのはこう面倒な事ばかり……」


正直愚痴りたくもなる。とはいえ、任務なのだからやるしかない。こんな時背中を任せられる存在が居れば、と思ったが今その人物は艦ではなく家を守っている。


(まったく……こんな時までマリューに甘えようだなんて駄目なお父さんだな、俺は!)


気を取り直してメカニックに高千穂ではなく機動力に優れた磯鷲を準備させるべく通信を入れる。黄昏の背部に大型ブースターとビーム砲を備えた高機動バックパック『磯鷲』が装着される頃には陽気な上司ではなく“エンディミオンの鷹”として数多の敵を屠ってきたエースの顔に切り替わっていた。


「ムゥ=ラ=フラガ、『黄昏』、出るぞ!」


――黄金の鷹が獲物を求め虚空に躍り出る。





中編に続く

Advertisement