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「よし!今日はこの辺で終わろうや!」


最年長である五十がらみのメカニックは格納庫全体に聞こえるよう、拡声器を使って作業の終了をつげる。その声を合図にメカニック達は一人、また一人と重い足取りで出口へと向かう。

通常の軍であるならばこの場合は『半舷休息』、つまりメカニックの半分が休み、残りが作業を続けるという形が取られる。だが、リヴァイブではかねてからの人員不足のため半舷休息を行うとただでさえ少ないメカニックの数が減り、まともな作業ができなくなってしまう。これに加え作業時間の短縮による電気等の節約も兼ねて、リヴァイブでは全メカニックが一斉に休みを取るという方式を採用していた。


ちなみに彼が責任者のように見えるが実は違う。彼は最年長者だがメカニックの責任者ではない。では何故彼が仕切っているのか。


それは責任者たる人物はいつも終了時間を迎えた事に気付かないからである。そのままではいつまでたっても休む事も出来ないのでいつの間にか作業終了を告げる仕事は彼の日課に加えられてしまっているのだ。


「お疲れ様です」

「おう、お疲れ」

「おつかれーっす」

「お疲れさん」


格納庫の出口に向かうメカニックの中には、先ほど作業の終了を告げた男に声を掛けていくものもいた。が、それは少数派である。ほとんどメカニックは憔悴しきっており、俯いたまま片手を小さく上げるものの終止無言で格納庫を後にする。

彼はこういったメカニックたちを責めるなどということはしない。人員不足や劣悪な環境など、メカニックたちを取り巻く状況を思えば仕方のないことだからだ。


「よし、これで全員か?」


最後の一人と思しきメカニックが出て行くのを見届けた後、照明装置の元へ歩いていく。目頭を押さえ、一度伸びをすると確認のため一応格納庫を見渡してみた。


「……ん?」


その目が格納庫の一角、あるモビルスーツが鎮座している場所で止まる。モビルスーツの足元に一人の青年が立っているのに気づいたからだ。誰だろうか?などとは考えはしない。いつものことであるため、その人物が誰かなどすぐにわかった。例の整備班長だ。


「おーいっ!今日ぐらいさっさと休んだらどうだー?」


無駄と知りつつも男はその金髪の、眼鏡をかけた青年に声をかける。青年はいつも通り


「いえ、後少しだけやっていきます」


と、答え再びモビルスーツのほうへと向き直った。根が生真面目なのか、この青年はいつも他のメカニックたちが作業を追えた後も格納庫に残り、一人黙々と作業をこなしていた。もちろん、一人でできることには限界があるのでその作業はOSの、しかも行ってもデータ上に大きな差がでない細々としたものであった。

だが、そのほんの少しの違いが乗り手にとって重要な問題でもあったようだ。事実、彼の調整があるのとないのとでは機体の扱いやすさが雲泥の差だ、と語るパイロットもいた。OSに関する知識ならそれなりのレベルは、と男は自負していたが流石にデータ上にほとんど現れないパイロットのみが実感できるような微妙な調整などというのは到底できそうになかった。

なぜこんな青年がそれほどの知識を持っているのか?と疑問に思ったことは多々あった。青年は自分の過去を多くは語ろうとしないため、そのことを知る手立てもなかった。が、男は特にそれを気にしていなかった。

リヴァイブはレジスタンスだ。その性質上、過去の経歴を胸を張って語れない者など大勢いるのだから。


「程々にな!」


そう青年に声をかけると、男は壁の装置を操作して青年の居る場所だけを残し格納庫の照明を落とし、格納庫から出て行った。それに対し青年は男に軽く手を振るといつもの様に足早にコックピットへと……向かわなかった。

「……はー」

いつもなら早速モビルスーツのコックピットに向かい調整を始めるべきときに、青年はうな垂れ、溜息をついていた。手に持っていた「ZGMF-1000:OS基礎理論」と書かれた本を乱暴に丸め、着ていたつなぎのポケットに突っ込む。今日はコイツの出番はなさそうだ。

顔を上げ悩みの種を見上げる。そこには全体を薄いブラウンで塗装された“見慣れない”モビルスーツの姿があった。“見慣れない”と言ってもまだロールアウトしていない最新鋭の機体といった感じはしない。

理由はどう見ても規格の違うパーツが組み合わされているからだ。肩の形状は連合のウィンダムの物に近く、胴体部分はシグナス、脚部は地球連合のダガーの物に近かった。そして頭部にいたってはオーブのアストレイの面影を感じさせる。左腕に至っては途中から途切れていた。どの部分もかろうじてでしか元がどのモビルスーツの物かわからない程に手を加えられていた。

このどう見ても“最新鋭機”ではなく“スクラップ寸前”のモビルスーツを見つめつつ、青年は


「ほんと、お前の名前は『ダスト』で正解だよ」


と、力なく呟くと、また俯いてしまった。

OSの調整などよりはるかに大きな問題、壊れた腕の修理に費やされるであろう時間を考えると目眩がした。ここは物資が溢れる軍の施設ではない。ほんの少しの電力さえ節約しなければならないレジスタンスだ。換えの部品は待っていれば届くというものでは無いのだ。

部品なしでどうやって腕を直すか、青年は深刻に悩んでいた。が、突然、青年の表情が明るくなる。どうやらこの状況を打開する妙案を思いついたらしい。


「そうだ!この間のザクの足をバラせば流用できるぞ!……けど手間がかかる事には変わらないんだよなぁ……」


途端に青年の表情がまた曇る。ころころと変わる青年の表情は、他の者が見たら非常に面白い光景であったが本人はいたって真剣だ。


「サイ兄、まだやってんの?」


不意に呼ばれた自分の名前に反応し、青年は顔を上げた。彼の名はサイ=アーガイル、不沈艦と名高いアークエンジェルの元CIC・砲術管制担当にして現リヴァイブ整備班班長である。


「ん、ああ、シゲトか」


サイはようやく隣に少年が立っているのに気づいた。リヴァイブのメカニックの一人シゲト=ナラだ。手にはサイに持ってきたらしい飲料水のボトルが握られていた。


「どう、こいつ直りそうかな?」


傍らのサイに飲料水のボトルを差し出しながらシゲトは神妙な面持ちで尋ねる。そのシゲトの問いに、差し出されたボトルに伸ばされていたサイの手が止まる。


「直せるよ……三日はかかるけどね」


苦笑いをしたままサイは今度こそボトルを受け取り、中身を流し込む。長時間の作業の後の水はいつもなら格別だったが、今日はそうは感じなかった。

あまりの痛々しさに気まずくなったシゲトは話題を変えてみることにした。


「ところでこの機体、なんで『ダスト』って名前にしたのさ?」


と、シゲトはかねてからの疑問を口にした。それに対しサイは一瞬遠くを見つめるような目をする。何かを思い出しているような目。

……途端にその表情が曇る。何か思い出したくないことでもあったのだろうか。


「あの、サイ兄?」


シゲトが心配そうに声を掛ける。


「……もだったんだよ」

「え?」

「一番まともだったんだよ」

「まとも?」


搾り出したようなサイの言葉に、シゲトは怪訝な顔をする。『一番まともだった』とはどういうことだろうか、とシゲトは考え込む。“一番”と言うからには他にもいくつか候補があったことになる。にも拘らずその中から選ばれたのは『ダスト』。なんとも無粋な名前だろうか。


(これが一番まともだなんて、他のはどんなのだったんだろ?)


突然、格納庫の扉が開く音がした。その後、こつこつ、と規則正しいリズムの足音が続く。誰かが入ってきたというのはわかったが、サイやシゲトがいる場所以外の明かりは消されてしまっているので側に来るまでは姿は見えない。サイ達はその人物が現れるのをやや緊張した面持ちで待った。

が、その緊張も男の登場によって一気に消し飛ぶ。


「やあ、二人とも。ご苦労様」


暗闇から現れた男は微妙に高級そうな白いスーツに身を包み、顔に舞台衣装の一部のような仮面を付けていた。一見するとまともな人間には見えない。暗闇から照明の下に登場する時のどこか道化染みた動きも相まって舞台の俳優がそのまま抜け出してきたようだ。

どこまでも胡散臭い青年。彼こそがリヴァイブのリーダー、ロマ=ギリアムである。


「だめだよシゲト君、子供はもう寝る時間じゃないか」


ロマがアンティークな懐中時計を指差す。時計の針は丁度午前三時を指していた。


「リーダーこそ、こんな時間まで何してたんです?」

「ちょっとこの時計を見て欲しくてね。どうだい、いいだろ? 倉庫で見つけたんだ」


冗談とも本気とも付かないことを口にしながら、ロマは懐中時計をそのままくるくると回転させるとスーツの内ポケットに戻した。


「で、二人で何の話をしてたんだい?ひょっとして僕の悪口?」

「違いますよっ!なんでこのモビルスーツはダストって言うのかなって言う話をしてたんです」


そう言って、ダストを指差すシゲトの目には、余計なことを、とでも言いたげな表情をしたサイは写らなかった。

途端にロマは目を輝かせ大げさな身振りでシゲトを指さした。


「良いことを言ったねシゲト君!それで君はこのダストって名前をどう思う?」

「え……まあ、悪い名前じゃないと思いますけど、ちょっと安直な気もしますね」


突然のロマの変化に戸惑いながらも、シゲトは率直な思いを口にした。その返答が気に入ったのか、ロマはうんうんと頷いてみせる。


「そうだろ、そう思うだろ、やっぱりそうだ!ホ~ラ見てごらんよサイ、皆そう思うんだよ!本当は僕がもっとカッコいい名前の案を出したんだよ?そうしたらサイも他のメカニックも、みんなだめだって言うんだ。ひどいだろ?挙句の果てにシンなんて『こんなボロボロの機体、ダストで十分だ』なんて言い出すしさあ」

「……あんな名前じゃ仕方ないでしょう」


確かにシンが言いそうな事だ、などとシゲトが納得していると今まで黙っていたサイが口を挟む。しかしロマは気にも留めず、シゲトの正面に回り込むと何故か黙り込んでしまった。上目遣いで。

仮面の男に見つめるというのは言いようのない威圧感があり、シゲトにはそれが何かを期待しているように見えた。というかあきらかに催促している。


「それで、どんな名前にしたかったんですか?」


シゲトが義務感のようなものに駆られ尋ねる。げんなりした表情に気付いているのかいないのか、待ってましたとばかりにロマは答えた。


「んー、そうだな、ザンクトニコラウスにディアンケヒト、アフラマズダ、アンドロマケー、アケボノとか。他にもまだまだ!」

「そんなに一杯あるんですか!?」


と、シゲトが話を遮らなければロマはいつまでも話し続けていただろう。


「もちろんさ、なんせこいつはうちの看板みたいなものだからね、やっぱり名前もそれなりの物を」

「で、その“カッコいい名前”達にはどういう意味が込められてるんでしたっけ?」


と、今度はサイが遮る。二度も話の腰を折られ、さすがのロマも口をへの字に曲げた。

しかし、少しの間を置き答える。


「意味かい?神様とかの名前だよ、どんな神様かは忘れたけど。響きがかっこいいのを選んだんだけどねー」


あまりにも酷い答えである。


「確かにダストが一番マシかも……」

「だから嫌だったんですよ。そんな名前付けるのは」

「……まったく、君たちはわかってないんだから」


サイとシゲトの当然とも言える反応にロマは溜息をついて、悠然と返す。


「いいかい?名前っていう物はだね、その者の存在を表していて……」

「もうその話は結構です。前にも聞きましたし。そもそも名前の重要さを熱弁する割に名前を適当に選んだっぽいというのはどういうことですか」


名前についての講釈を語りだしたロマにサイがツッコミを入れる。それを聞き、ロマは「無粋だねェ」と言わんばかりに肩をすくめて見せた。


「いい話は何度聞いてもいいはずなんだけどね。まあいいや、それならシゲト君!」


今度はその矛先をシゲトに向ける。


「えっ、は、はい!?」


突然指を指されたシゲトは答える必要もないのに大きな声で返事をした。その様はまるで教師に突然当てられた生徒のようだ、もっともシゲトは学校というものにまともに通ったことはないが。


「名はその存在を示すものと昔から言うだろう?じゃあ、もしそれが偽りだったとしたら……それは、その存在そのものも偽り――というこ」


延々と小難しい話を続けるロマの話をシゲトはほとんど理解することができなかった。そもそもロマはシゲトに理解させようとしているのかさえ疑わしい。大げさな身振りを交え、時には早口でまくし立て、そうかと思うとゆっくりと言葉一つ、一つを強調して話すロマにシゲトは理解させるかどうかは二の次で誰かに話すという行為を楽しんでいるように見えた。

嘆息しつつ、シゲトは『ダスト』を見上げる。この機体にとって不幸中の幸いだったのは良識のある人間が周囲に居た事だろう。他の名前のことを思うとサイがダストという名を「一番まともだった」と言ったのも頷けた。

先ほどは安直だと感じた名も、今ではこの名前で本当に良かったとシゲトは思うようになっていた。


「ちょっと、シゲト君。聞いているかい?」

「あ、すいません。ちょっと聞いてませんでした」

「まったく、だめじゃないか。じゃあもう一度はじめから話すよ!」

「……え?」


シゲトの顔からさっと血の気が引いた。隣のサイに助けを求めようと目をやるが、サイは苦笑で返す。こうなったロマを止める術はないらしい。


「いいかい、シゲト君。名前って言うのはね」

「あ、あの俺明日も早いんで!」


熱弁を振るうロマに嫌気が差したのか、シゲトはあまりにも苦しい言い訳をし、その場から走り去りさり、程なくして暗闇に消えた。


「シゲト君にはちょっと難しかったかな?」

「だれでも嫌がりますよ、あんな話」


一部始終を見ていたサイは少なからずシゲトに同情した。が、それ以上に早々に話切り上げさせた彼の思い切りの良さを心底羨ましいと思った。何故なら以前サイがこの話を聞かされた時は少なくとも一時間は続いたからだ。


「……さて、遊びはここまで。ここからはちょっと真面目な話になるよ」


くるり、とサイの方へ向き直ったロマの雰囲気は先ほどとは大きく違っていた。それを察して、サイが緊張した面持ちで尋ねる。


「……シン達に何かあったんですか?」


その問いに一呼吸おいてロマは答えた。


「作戦は失敗、って言うのはもう話したよね。あとちょっと問題があってね。……オーブの女の子を連れてきちゃったらしいんだ、巻き込んだみたいでね」

「オーブですか……その女の子をどうするつもりなんです、リーダー?」


一介のメカニックと組織の指導者との会話にしてはあまりにも内容が重い話。しかし、サイはロマ=ギリアムの正体をリヴァイブ結成前から知る数少ない人間の一人だ。自然と重要な内容の相談も持ち掛けられる。


「もちろん帰してあげたいよ、出来るだけの事はしてみるつもりさ。女の子に怖い思いをさせるのは僕の信条に反するからね。……それに、あの国は……」

「“ユウナ=ロマ=セイラン”にとって特別だからですか?」


こうしてロマがサイに言葉を遮られるのは本日三度目だ。だが二度目までとは違い微笑で返す。


「ああ、そうさ。……なんせ僕“達”の故郷だからね?」


そう言ってロマは目の前のモビルスーツ―――『ダスト』を見上げる。


「リーダー?」

「サイ、やっぱり僕たちは今できることを精一杯やらないといけないよね?」

「え?ええ、もちろん」

「それなら今やらなくちゃいけないことが何なのか、わかるよね?」


ロマの言おうとしていることが、サイにも分かってきた。つまり彼が言おうとしているのは……。


「シンが帰ってくるまでに、こいつを頼むよ」


サイが予想した通りの言葉を告げると、ロマはサイの肩を叩き、軽い足取りで格納庫を出て行った。

残されたのは哀れなメカニックただ一人。そして他のメカニックは他の機体を整備しなくてはならないためおそらく明日も一人になるのだろう。


「……二日で済まさないとな。徹夜で」


そう言って、サイは深々と溜息をついた。それは本日二度目の、そして彼の人生で五指に入る位深い溜息だった。