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――3日後、サムクァイエットの街からコルダミアの街を通る街道を東ユーラシア共和国軍の補給部隊が通過する。

その情報がリヴァイブの元に届けられてすぐ仮面のリーダー、ロマ=ギリアムはリヴァイブ基地のブリーフィングルームに主なメンバーを集めた。シンやコニール、大尉達だけでなくサイやセンセイ、他にも幾人もの男達の姿が見える。全員が注視する中、ロマは今回のの情報と自らの方針を示した。

敵の補給線を断つ事は戦略的にメリットが大きい、だから今回敵の補給部隊を叩く、と。


「でもよお……リーダー」


するとそれまでテーブルに頬杖をついて退屈そうにロマの話を聞いていた一人の男が、おもむろに手を上げる。ラフな金髪に赤いメッシュをした軽薄そうな男。少尉だ。

一見やる気のなさそうな雰囲気だが、少尉はロマの提案に明確な疑問を差し挟んできた。


「どうにも敵が動きがあからさま過ぎないか?こうも露骨だと、俺には何か裏があるようにしか思えねえ」

「確かにそれはもっともな疑問だと僕も思う。先日の件もあるしね」


先日の件とは、ソラを帰国させるための交渉が実は軍の罠だったという一件だ。幸いシンの活躍で軍を逆に撃退したものの、確かに罠に嵌った事には変わりない。当のロマとて危うく命を落とすところだったのだ。


「なら今回は見送るべきかもしれませんね。軍も今度は備えをしっかりしてくるでしょうし、あえて危険を冒す必要があるかと言えば疑問ですから」


少尉の隣で腕を組み静かにロマの話を聞いていた中尉も、落ち着いた口調で異を唱える。”動”の少尉に、”静”の中尉。 印象の全く正反対の二人だが、いわんとする意見は同じだった。ところがそんな二人にそばに座るシンは威勢よく言い放つ。


「いいじゃないか、罠でも。逆に噛み破ればいいだけだ」

「オイオイ、シン!オマエな、そう気安く言うが、この間が上手く行ったからといって今度も上手く行くとは限らねえんだぞ!?」

「危険は承知さ。だがこのまま敵の罠の影に怯え続けるなんざ、俺はまっぴらゴメンだね」

「なんだぁ?俺がビビってるとでも言いたいのか?」

「さあね」

「テメエ……」


シンの挑発に少尉の眉間が歪み、二人の間で視線が鋭く交錯する。一触即発。嫌な感じ。ところが周囲は特に驚くわけでもなく、何故かニヤニヤと二人の行く末を見守っている。


「ちょっと、アンタ達!今は作戦会議中よ、下らないケンカは後にしてよ」

「……わーったよ」

「チッ」


コニールに水を差さされた二人は、再びロマの方に向きなおす。


「大尉はどう思う?」


ロマはそばに立つ咥え煙草をした大柄な黒人男性――大尉に話を向ける。大尉は一口目の煙を吐き出すと、重く静かに自分の見解をリーダーに述べた。


「……確かに俺も少尉と同意見です。ですがそれでも俺は今回は敵の襲撃に踏み切るべきだと考えています」


ブリーフィングルーム内が一瞬ざわめき立つ。しかし大尉は一顧だにせず続ける。


「確かに軍はソラさんの一件で俺達を罠に嵌めました。そして今回のあからさまな補給作戦。素人目に見ても誰だって罠だと考えるでしょう。しかしそこが落とし穴です」

「というと?」

「これは軍と俺達の心理戦でもあるんです。つまり敵の狙いは、あえて目立つように動く事で俺達を疑心暗鬼にさせ、今後の行動を制限する事にあると俺は睨んでいます。敵が動くたびに罠だと疑えば、俺達は満足に身動きが取れなくなるし、今後の作戦に支障が出るでしょう。しかも仮に罠にかかれば、そこで俺達を討ち取ればいい。そこが軍の狙いだというわけです」

「なるほど」


仮面のリーダーは静かに頷いた。


「つまり軍にとってはどっちに転んでも自分達の手のひらの中、という訳ですね」

「そういう事だ、中尉。だからこそそれを打ち破る価値がある。罠を仕掛けておきながら逆に返り討ちに会えば、今度は軍が手詰まりになる。今後の主導権を俺達が握る事になるんだ」

「……なるほど、確かにその意味では重要な一戦かもしれません」


上官の言葉に中尉も納得する。そして大尉はブリーフィングルームに集まった全員に呼びかけた。


「俺はあえて敵の策に乗ってみようと思う。その上で打ち破る。皆、どうだ?」

「大尉がそこまで言うなら異存無しですよ。奴等のいいようにされるのは、俺も癪に障りますから」


少尉が声を上げる。それに続いて他の男達からも「いいぞ、一戦やってやろう」「おーし、奴らを返り討ちにしてやろうぜ!」等と同意する声が次々に続いた。


「……よし」


作戦決定だ。大尉はロマに向かって無言で頷く。ロマも同じ様に返し、現在入っている軍の情報をコニールに確認する。


「コニール。サムクァイエット基地に新たな動きはあったかい?」


手元の資料をパラパラとめくりながら、コニールはロマに説明する。


「協力員からの連絡によると、今のところ変わった動きはないようね。定時訓練、午前と午後の定期便もいつも通り。今回の作戦のために新たな増援や装備を導入したという情報も今のところないわ」

「コルダミアは?」

「同じ。駐留部隊、現地警察ともに目立った動きは見られないわね」

「そうか……。では今回の敵の行動が罠だという前提で作戦を組む。出動は3日後。敵の補給部隊と併せて増援部隊を一気に叩く!皆、いいね?」

「「「「おう!!」」」」


リーダーの声に男達は威勢よく立ち上がり各自持ち場に戻る……はずだったのだが――。ところが今日はまだ続きがあった。


「コニール」

「?」


不意にシンがコニールに向かって、何かをひょいと投げ渡す。シンが腕に嵌めていたAIレイだ。


《始まるぞ》


聞きなれた電子音声。それがゴングとなった。


バキッ!!


鈍い打撃音が重なって響く。両者同時に顔面への一撃。ブリーフィングルームのど真ん中で、たちまちシンと少尉の殴り合いが始まった。


「あーあ、終わった途端これだわ」


はぁっとコニールはため息をつく。リヴァイブ名物『シンと少尉の一本勝負』。この二人が衝突すると拳と拳のド突き合いになるのが、いつものパターン。メンバーにとってはもはや見慣れた光景だ。しかしそうは分かっていてもコニールは頭を抱えてしまう。そんな彼女をAIレイがよく分からない慰めをする。


《気にしたら負けだ。俺は気にしない》


一方、呆れるコニールを他所に周りの男達は大いに盛り上がるばかりだ。


「おい、どっちに賭ける?」

「少尉に200」

「俺も少尉に100!」

「アーガイル整備班長はどうします?」

「そうだなあ。僕はシンに200って所かな」


するとサイの横から幼い声。


「俺、俺も!シンに50!」

「シゲト……。お前いつの間にここに潜り込んだんだ」

「ヘヘっ」


少年はバツが悪そうに、ペロっと舌を出した。二人の喧嘩を肴に、賭けに興じて盛り上がるのはロマ達も同じ。


「確か今までの戦歴は15勝13敗4分けで、少尉が勝ち越してるんじゃなかったか?」

「ええ、そうです。大尉」

「……なら、俺は少尉に1000だ」

「大尉と同じく、僕も少尉に2000賭けるよ」

「……では、私はシンに4000です」

「おお~。大きく出たな中尉。あとで後悔しても知らんぞ」

「溜まってた僕の中尉への貸しが、やっと減らせるねえ」

「さて……、それはどうだか分かりませんよ、リーダー」


ドタバタ騒ぎに野卑な声援を送る男達。毎度の事とはいえコニールはすっかり呆れかえってしまう。


「ったく毎度の事だけどさあ……。どうしてこうウチの男共はバカばっかなのかしら」


一人愚痴る彼女に黙って見守っていたセンセイが声をかける。


「いいじゃない。恒例行事だと思えば何て事はないわよ」

「でも、センセイ。大怪我でもしたらどうするんですか!?出動に差し支えますよ」

「大丈夫よ、コニール。その辺の加減はあの二人も十分分かってるから。それにね、私はこう思うの。こんな穴倉の中で溜め込んでるよりは、こうして発散した方がよほど健全だってね。まあ青春の殴りあいってところかしら」


微笑むセンセイにコニールはどうにも浮かない顔を見せる。今ひとつ納得できないのだろう。


「う~ん、そんなもんですかねえ?」

「そんなものよ。じゃあ、私は消毒液と絆創膏の準備でもして医務室で二人を待ってるわ。頃合を見て、適当なところで切り上げなさいって二人に言ってあげてね」

「はあい」


ブリーフィングルームを去っていく白衣の女性を見送ると、コニールはシン達の喧嘩に威勢のいい声援を送る男達の背に向かって、小さく呟いた。


「……ホント、ウチの男共はバカばっかなんだから」






――三日後。

三機のシグナスの後をダストがついていく。モビルスーツが歩く度に重低音が大地に響いた。シンと大尉達はそれぞれのモビルスーツを駆り、予定移動ポイントに急いでいた。

目指すポイントは、サムクワァイエットの街とコルダミアの街を結ぶ二本の街道と等距離に位置する、ちょうど中間地点にあたる場所だ。この二つの街を結ぶ街道は二本あり一方は直線路、一方は蛇行した迂回路になっている。しかしこの二つのルートのうち、どちらのルートを補給部隊が通るのかまでは分からなかったので、中間地点で待機する事になったのである。

敵、補給部隊を発見のために、先に出発したコニール率いる歩兵部隊は二つに分かれた。直線路をルートA、迂回路をルートBとし、それぞれ足止め用の罠を仕掛けてる手筈になっている。移動ルートを特定し次第、罠で敵部隊の足を止め、大尉達のモビルスーツ隊が来るまでの時間を稼ぐのだ。もちろんこれには敵の企みを暴露する、という目的もあった。


《目的地まであと16分。現地ポイントに到着後、各機合図が来るまでそのまま待機だ。いいな》


大尉の指示が通信器から飛ぶ。補給部隊のルートが特定出来ない以上、連絡が来るまでモビルスーツは無闇に動くべきでは無い。それ故にシン達は敵部隊に関知されない位のポイントで隠れ、歩兵部隊の指示を待つのだ。ダストを自動操縦に任せ、シンはモニタに映る様々なデータを確認していく。不意にレイがシンに話しかける。


《シン、分かっていると思うが………》

「無茶するなってんだろ。わかってるよ」


シンの声に怖れはない。誰が相手であれ敵ならば何時かは殺り合う相手。ただそれだけの事。


《ならいい。油断さえしなければ負ける事もないだろう》

「何だよ、戦術的なアドバイスは無しか?」


そんな会話に、突然大尉が割り込んでくる。


《俺が戦術考えるんじゃ不満か?ええおい》

《戦争慣れ、という意味でなら我々は君よりも上だよ。シン》

《前回はあっちからの奇襲だったからな。こっちから売る喧嘩なら任せとけ。テメーに喧嘩の売り方を教えてやるよ》


中尉、少尉も次々に会話に参加する。シンは呆れたように呟いた。


「どいつもこいつも戦争大好き連中だな……」


不意に妹――マユの事を思い出す。マユは今の俺を見て、どう思うのだろうか、と。


(……軽蔑されるに決まってるじゃないか)


どう考えてもそうだろう。マユは、戦争などと無縁な存在だった。そういう存在が戦争で死ぬのは間違いなのだ――そうシンは思う。


(俺みたいな奴は、戦争やってるしかないんだろうけどな)


初めて人を殺した時は、何時だったろう。あまり、覚えていない。覚えていないほど人を殺したのか――自分でも嫌になる考えだ。


(俺は、いつまで人を殺すんだろう……)


戦場に出る前、いつも考えてしまう。こんな事何時まで続くのか。誰も助けてくれはしない、それなのに何時の間にか選んでしまった地獄の道。今では笑って人殺しが出来る程、自分は染まってる。光の中に居るはずのマユが、今の暗闇にいる血塗れの自分を許すわけが無い――そう思う。


「許して貰える訳、無いよな……」


ついつい口をついて、泣き言が出る。次の瞬間、シンは直ぐに後悔した。その呟きをレイはおろか、他の3人も聞いていたのだ。


《なんだなんだオイ、女に振られた事でも思い出したか?》

《女性に嫌われるのは辛い事ですが、ね。……戦場では考えない事です》

《イヤちょっと待て。それはつまりは珍しくシンが色気づいたって事だろ?よっしゃ、今度街に下りたら俺がいい女紹介してやるよ》

《しかし少尉の趣味がシンの嗜好に会いますかね。私は少々疑問に感じます》

《そりゃどーゆー意味だよ!?中尉!》


人を肴に三人は好き勝手に言い募る。もはや完全に魚を見つけた漁師状態である。


「好きに言っててくれ……」


大尉が茶化し、中尉がまとめ、少尉が混ぜっ返す――いつ終わるともしれない他愛無い会話。シンはそれを聞き流しながらふと不運にもリヴァイブの虜になった少女、ソラの事を思い出した。


(マユが大きくなってたら、ソラみたいになってたのかな)


意外と口うるさくて、直ぐ泣いて。その癖、突然怒り出して、今度は落ち込んで。その度にシンはマユの扱いに困っていた事を思い出す。ここ最近ソラの扱いでも困ったからだろうか。マユと同じように。


《もうすぐポイントに到着するぞ。各機準備しろ》


さっきとは違う鋭い大尉の声。生と死の交わる戦場の匂いが漂う。一人会話に参加しなかったレイが、冷静に伝える。


《自動操縦を切るぞ。いいな、シン》

「ああ。任せろ」


コントロールスティックを握るシンの手に、機体の力感が伝わる。ダストがシンの手足になった瞬間だ。ポイントに着くとシン達モビルスーツ隊は全機足を止め、その場に駐機させる。あとはコニール達の指示待ちになる。






その頃――。

Aルートに張ったコニールの部隊は街道を望む丘の影から、道路を進む大型車両の一団を発見した。大小合わせて十数台のトラックや大型トレーラーが列を成して悠然と街道を走っている。


「来た来た……」


双眼鏡を眺めながらコニールは、獲物を見つけた獣のように舌舐めずりをした。


「目標発見。B-15、WM。そう通信して」


WMとは西南方向の略である。


「了解!」


彼女の部下の一人がジープに積んである通信機に走る。


「さて……、仕掛けるわよ」


コニールはそばにいた部下に指示を送ると、彼は手元のボックスのスイッチを押す。すると。


ズズズゥゥン……。


遥か遠くから聞きなれた地鳴りと爆発音が鳴り響く。街道の真ん中からいくつもの黒煙が立ち上り、補給部隊の車列はたちまち大混乱に陥っていた。

――今、開戦の狼煙が上がったのだ。






「……また戦争になるんですか?」


医務室の診察椅子に座るソラの口からこぼれた問いに、ふとセンセイのカルテを書いていたペン先が止まる。ソラは一日一回、医務室に定期健診に来る事になっている。軟禁生活のストレスから体調を崩していないか検査するためだ。

もちろんこれはカウンセリングとしての意味もあって、適当に話し相手を用意する事で、ソラの心理的孤独感を和らげようというのだ。こうした処置で彼女が大人しくしてくれれば、不安要素は減るという観点からもリヴァイブの益になるとロマは考えていたからだ。センセイはペンを置いて、ソラの方に向く。


「どうして戦争が起きるって思ったの?」

「……ここに来るまでほとんど人を見ませんでしたし、誰もいない感じだったんで……。それに……」

「それに?」

「シゲト君が急に来て、『シンがAIレイを必要なんだって』って言ってレイさん持って行っちゃったんです。だから……」


うつむいたまま、たどたどしく答えるソラにセンセイは小さな笑みを浮かべる。


「ソラさんって勘が鋭いのね。……そうね、戦争よ。それも、今回はこちらから仕掛けるわ。」


こちらから仕掛ける、という言葉にソラは心臓を鷲掴みにされた様なショックを受ける。息が詰まるような感覚が支配していく。何を言うべきなのか、言葉が見つからなかった。


「……軽蔑する?」


心を見透かしたような一言。

胸に刺さる。何も言えない。

しかしソラはこのまま黙ったままではいたくなかった。

どうしても言わなきゃいけない、そう彼女の心が訴えていたから。喉の奥から搾り出すようにして、ソラはセンセイにそれまで溜まっていたものをぶつけた。


「……戦争する人達は、おかしいです……!しかも好きこのんでなんて。あの人だって、何時も喜んで戦ってて……」


答えの出ない疑問がソラの中を駆け巡る。

何でだろう。

どうして戦わなきゃならないんだろう。

私は何でここに居るんだろう。

どうしてこんな所で。

本来いるはずのない場所にいる自分が、こんな話をしている。”戦争”という言葉、世界に翻弄されているソラがそこにいた。センセイは少しだけ考え込むように天を仰ぐと、ふっと小さく漏らした。


「そうね……。戦わずにすめばそれに越したことはないわね」

「なら、どうして……!?」

「……誰も、望んだように生きるのは難しいのよ。戦いたくなくても戦わざるを得ない、戦いたくなくても明日を生きるために戦わないといけない場合があるの。私達はこのコーカサスという土地を人々がもっと自由に、もっと幸せ、もっと人間らしくに生きられる土地にしたいの。でも東ユーラシア共和国の政府は外国との関係を優先するばかりで、ここに生きる人達の事なんて見向きもしない。そのために毎日たくさんの人が飢えたり、凍えたりして死んでいる。そういうのを一日も早く止めたいのよ」

「だからって、戦争なんかしなくても良いじゃないですか……!」

「戦う事でしかで世の中を良くする術がなければ、人は戦うものよ。だから戦争は起こるのよ」

「それは詭弁です!戦争なんかしたら皆困ります!」


それまでうつむいていたソラは顔を上げキッと睨む。だがそんなソラにセンセイは微笑みを返す。


「やっと上を向いたわね」

「……!」

「ソラちゃん。私の考えを押し付けたくないから私から貴女に答えを言うような事はしない。勿論貴女が疑問に思い、質問してきた事にはできるだけ正確に答えるようにするわ。……でもね、これだけは覚えておいて。”正義なんてものは、人の数だけ有る”の」

「私が、間違っているっていうんですか!?」


一層ソラは声を荒げてしまう。しかしセンセイは優しく彼女を見つめたまま静かに諭す。まるで母のように、ソラの全てを包むように。


「いいえ、貴方は間違ってなんかいないわ、きっと本当は誰も間違っていないのよ。でもね、結果として”間違っていた”と言われるのが世の中なの。ソラちゃん、もっと世の中を知りなさい。私達が貴女の思っている”正義”では無かったとしても、いつか貴女にもきっと解る時が来る。――人は、正しい事だけでは生きて行けないという事が」

「……だからって悪い事でも、……何をしてもいいっていうんですか?」

「違うわ。”どんな状況でも生きる努力をしなさい”という事よ。そうすれば今の貴方に見えなかったものがきっと見えてくるから。そのためには、貴女は俯いていては駄目。辛くても、見上げなさい。人は、前を見ないと周りを見る事の出来ない生き物なのだから」


暖かい眼差しのまま告げるセンセイの言葉に、ソラはふと孤児院で一番好きだったシスターの言葉を思い出していた。


――ソラ。どんな時でも、空を見上げてごらん。辛い時、悲しい時……どんな時でも。きっと空は、ソラの味方。何時もソラを助けてくれるから――


(……どうして……。どうして今になってあの時教わった言葉が頭に浮かぶのかしら……)


それきりソラは黙り込んでしまう。今度はセンセイも話しかけなかった。






《B-15、WMか。……ちっとばかり面倒な事になるな》

《予想算出襲撃ポイントでは、遮蔽物がありませんね。相手からも丸見えです》


コニールからの通信を受けやいなや、シン達は全速力で目標の政府軍補給部隊のいる地点に向かっていた。敵は荒野をまっすぐに突き抜ける街道のAルートを選んでいたのだ。そこは周囲に緩やかな丘が少々ある事を除けば、満足な遮蔽物もなく見晴らしもいい場所である。攻めにくく、守るに適した絶好のポイントであった。すぐに大尉は戦術の修正をし、中尉が直ぐにそのフォローを開始する。


《部隊を分散させるしかないか。……よし、まず少尉と俺は後ろから攻め込んで不意を付く。シンは先行して敵前面にて待機。ダストはこの中で一番足が早い。混乱に乗じて輸送部隊を仕留めろ》

《私はどうします?》

《中尉、お前に指示は必要ねぇだろうが。俺たちの後ろで適当にぶっ放してろ》

《了解です》


そんなやり取りの合間に少尉のボヤキが挟まる。


《やーれやれ、またシンがいいとこ取りですかい》

《そうぼやくな。先陣の俺達が敵を燻り出さなければこの作戦の意味は無い。忘れたか?俺達はわざと敵の罠にかかりに行くんだぞ。それとも少尉、いいところを見せたければ一人で突っ込んでみるか?》

《んにゃ、御免こうむります。俺は、まだ死ぬつもりはないんで。シン、お前が後詰だ。ヘタ打ったら承知しねーぞ!》

「ああ、わかったよ。任せろ」

少尉の軽口にシンはフッと笑みを浮かべる。つくづくこの三人はチームワークが良い。


(俺達も、こうだったら――少しは違ってたかもな)


自分、レイ、ルナマリアの三人――自分達ではチームワークが取れていると思っていた。だが、今のこの三人を見ていれば自分達が如何にバラバラだったか良く解る。一対一なら勝てると自負していたがチーム戦、もしレイとルナマリアが居てチームを組めたとしても勝てる気がしなかった。


(若かった、って事か)


シンは首を振って考えを振り払う。今は思い出に浸っている時ではない。


「コルダミアに駐留してる政府軍はどうする?奴等が増援に来たらやっかいだぞ」


頭を切り替える意味でシンは大尉に聞いてみたが、返事が直ぐに帰ってきた。


《現地の部隊に”花火”を上げさせるよう、とっくの昔に指示を出してる。今頃、政府の駐留部隊はそっちの騒ぎで手一杯だ。……俺の指揮にケチ付けるなんて百年早いぞ》


通信モニターの中でニヤリと笑う大尉――慣れない事は言うものでは無い、と目が語っていた。


《シンは戦略は赤点だった。許してやって欲しい》


レイにまで言われる始末である。ともあれ、シン達は動き出した。シンの心には不安は無い。それは、確かにこの三人が居る事の安心感も手伝っていた。






――待機していた場所から約15分後。遠くに数条の黒煙が見える。目指す街道についたのだ。大型のトレーラー群がダストのモニタにも視認出来る。すでに大尉たちはシンと別れ、それぞれ配置についている。シンは補給部隊の進路方向から、大尉たちは後方から攻める手はずになっている。あとは攻撃の火の手が上がるのを待つばかりだ。


《概ね予定通りだな。……シン、手筈は覚えているな?》


すさかず冷水を浴びせるレイに、シンは渋面になりながら返す。


「大尉達が攻撃を開始したら、前面に展開すりゃ良いんだろ?」

《まあ、そうだ。どの道順序はこの場合あまり関係ないが……恐らく大尉達はシンへの負担を少しでも軽減してやろうという腹積もりなのだろうな》

「お優しい事で」


口では捻くれた事を言っているが、シンの顔は嬉しそうだ。信頼出来る仲間――シンが最も求めていたもの。 その上、背中を安心して預けられる存在となるとそうはいないからだ。そんな仲間と戦う、これほど嬉しい事は無い。


《シン、もう少しスピードを上げろ。このまま併走しても意味が無い。この距離なら発見されても有効打はどちらも打てんからな。発見される危険性を憂慮するより、相手方の援軍に寄る挟撃こそ避けるべきものだ》

「OK、レイ」


シンはダストのコンソールを操作して脚部ホバーエンジン及びローラーユニットを起動、ダストの地上最速形態である“ローラーダッシュモード”に移行する。砂塵を上げてダストが疾駆し、街道が走る荒野の中に一気に躍り出た。 もう敵補給部隊もこちらを補足しただろう。だが、シンの心に恐れは無い。ぺろりと乾いた唇を拭い、シンは凄絶に微笑む。シンの中の”暗い炎”が今、ちりちりと火花を上げつつあった。






進路を塞ぐように巻き起こった爆発の群れに、街道の補給部隊は騒然としている。何台ものトラックや大型トレーラーが道を外れ右往左往していた。しかしガドルはそれがレジスタンスの襲撃の初弾だとすぐに気づく。


「全方位警戒!総員、降車戦闘準備!!」


トレーラー群の中程に乗っていた補給部隊隊長チャーリー=ガドルは乗員全員に指示を出す。囮なら囮として、その役目は果たさねばならない。その時レーダーを監視していた部下が、敵の来襲をガドルに告げた。


《――左舷十時方向、距離1000!敵モビルスーツ補足!》


補給部隊レーダー担当の士官が声を上げると、ガドルは静かに言った。


「やはり来たか。根回しはしておくものだな」


ガドルはもちろんこの作戦を立案したガリウス司令も、レジスタンス“リヴァイブ”が来るとおおよそ察知していた。 そのためにわざわざ高い金を払って情報屋を買収し、さらに他のレジスタンスを経由するという手間をかけてまで情報を流したのだから。


「今、最も売り出し中のテログループ“リヴァイブ”。叩き潰すのならば、早い方が良い。そのための作戦だ」


そう、ロマが危惧した通り、この”補給部隊の大移動”はリヴァイブを誘き出して一網打尽にする作戦であった。例え全滅させられなくても、リヴァイブの虎の子と云って良いモビルスーツ部隊に大打撃を与える事が出来ると踏んでいるのだ。


「モビルスーツ隊に迎撃させろ!だが敵は一機とはいえ手練れだ!油断するな!!」


トレーラー群、後方のトレーラーに据え付けてあったモビルスーツ“ルタンド”が次々に起動する。連合のダガーとザフトのジンを、足して二で割った様なシルエットの巨体が次々に起き上がる。その数、およそ8体。砂塵が舞う荒野をダストは更に速度を上げて、補給部隊の車列に向かっていく。様々な思いを余所に、熱砂は更に熱くなりつつあった。






「ひいふうみい……補給部隊の護衛と言うにはルタンド8機は豪華過ぎだな」


大尉は呆れたように呟く。ルタンドは第二次汎地球圏大戦(メイサア攻防戦)後に正式採用された、統一地球圏連合の新鋭主力モビルスーツだ。いまや連合のウインダムやダガー、ザフトのザクなどに代わって、世界の主要各国はどこもこのルタンドを採用している。もっとも東ユーラシア共和国の様に貧しい国は、第一線から退いた払い下げのザクやダガーを使っているのが通例だったのだが。


《予想通り、我々を誘き出す算段だという事でしょうね》


中尉は既に狙撃ポイントに着座していた。スコープの調整に細心の注意を払いながらも、大尉にはしっかり返答する。


《にしても、順序が逆だろ?シンの奴。アイツが先に見つかってどーすんだよ》


少尉は相変わらずの口調でぼやく。それは大尉も言いたい所だが、それとなく少尉を諭す。


「アイツは、なんだかんだで俺達に気を使ってるのさ」

《そりゃ、解らなくも無いッスけどね。あんなガキに気を使われるいわれは無いですよ?》

《……彼は、良い青年だという事ですよ》


中尉がまとめる。だが、その言い分は何処か哀愁がある。シンという青年が時折見せる、悲しみを超えた激情。それを何となく感じるからだろうか。ともあれ――


「先陣をアイツに取られるわけにもいかん。少尉、派手に行くぞ!」

《アイサー!派手にってんなら、お任せ!》

《了解。せいぜいこちらにも注意を引きつけます》


中尉のシグナスが持つスナイパーライフルが火を噴き、それに併せるように大尉、少尉がビーム突撃銃を乱射しながらルタンド部隊に肉薄していく。あっという間に砂塵は嵐となり、乱戦に突入した。


「隊長!さらに後方より別のモビルスーツ隊が出現!機数2!前方の敵モビルスーツも更に加速!前面に回り込まれます!」


次々にもたらされる部下の報告に、歴戦の指揮官は内心ほそく笑む悲鳴のような士官の声を聞きながら、ガドルは悠然としていた。


「よし!モビルスーツ隊を二手に分けろ!前衛に2機、後衛に6機だ!”仕掛け”はどうなっている?」


ガドルは隣に座る副官に尋ねる。


「既に準備完了です。あとは合図を待つばかりです」

「良し。ベストな答えだ」


ガドルは満足そうに頷くと、トレーラー内に据え付けられた通信マイクを取り部隊全員にこう告げた。


「これより本隊は作戦通りテログループと交戦を開始する。各員は作戦通りの行動を行え。繰り返す、各員は……」


アナウンスをしながらガドルは思う。


(今は、まだ手を打つ時では無い)


ガドルは腕組みをしながら待っていた。これまでの情報を分析したところ、相手のモビルスーツ部隊は相当な訓練を積んだつわものだ。数では勝っているが、とても一筋縄でいく相手では無い。


(結局、人身御供が必要と言うわけか)


それはガドルが望むと望まざるに関わらず訪れる結末だろう。だが指揮官が私情を挟む事以上の愚策は無い。ガドルは静かに待っていた。前面のモビルスーツ、ダストがこの補給部隊を、自分の乗るトレーラーを襲う瞬間を。






《シン、大尉達が敵の殆どを引きつけてくれている。お前が相手をするのは2機だけで良さそうだな》

「そうかい、じゃあ期待に応える為にも一瞬で終わらせてやるよ!」


シンはルタンドに向かうと見せかけて、いきなりダストを補給部隊の方向へ方向転換させた。意表を突かれたルタンドは、つい反応が遅れる。


「うおおおおっ!」


身体にかかるGをねじ伏せるかのように、シンが吠える。ルタンド達のビームライフルが火を噴くが、狙いが甘くダストの動きに付いて行く事が出来ない。


「ライフルを撃つまでもない!」


一気に間合いを詰めたダストはすれ違い様に、対艦刀でルタンドの胴を薙いだ。ダストが通り過ぎた後、上半身と下半身が地に落ちて爆散する。シンは追いすがるもう1機のルタンドを確認すると、ダストを跳躍させた。反転した勢いのままダストは、ルタンドの頭部を蹴り砕く。ルタンドは派手に転倒し動かなくなった。その勢いを殺さないように反転したシンは、逃げ惑うトレーラー部隊を追い抜き、前面に陣取る。


《命まで取るつもりは無い。死にたくなければさっさと積み荷を置いていけ!》


右手にビームライフル、左手に対鑑刀を構え、威嚇する。トレーラーから士官達が慌てて降りて、蜘蛛の子を散らすように逃げていく。


「作戦成功、楽勝だな」


シンは張りつめた気が緩んでいくのを感じた。――それすら敵の作戦の内と気付かずに。






二機のルタンドを倒したダストがこちらに向かってくる。車列中央のトレーラーに乗るガドルからもそれは見えた。


「ガンダム、か……」


ガドルは苦々しく呟く。


(テロリストが、小賢しい真似をするものだ)


『ガンダム』。

その名は、このCEでも特別な名前となりつつあった。”軍神”キラ=ヤマトが数々の伝説を築いた機体として。そして世界の覇者、オーブの守る尖兵として。その特徴のあるツインアイに二本角という顔を持つモビルスーツの総称を、いつしかマスコミは『ガンダム』と呼び、それはひとつの伝説になりつつあった。勝者の伝説として。


(時代が変わる時、ガンダムは現れる。このモビルスーツもそうだというのか?)


平和の守護者、戦争を終結させうる者。英雄を呼ぶモビルスーツ。どれもこれも、マスメディアの作り上げた与太話。だが、やはり軍人の間でもその存在感は無視出来ないのだ。子供の好みそうな話。そんな話に大人が付き合う謂われは無い。


「下らん」


ダストがますます近づいてくる。上半身を褐色に染めた18mの鉄の巨人は、もうこのトレーラーともう目と鼻の先に来ていた。隣でおろおろしている副官にガドルはこう告げた。


「どうした、シュタインベル。貴官も逃げろ」

「しかし隊長!隊長はどうするのですか!?」

「私の事は良い。……行け」


なおも食い下がる副官を、ガドルは無理矢理トレーラーから降ろす。副官は暫く迷ったが、歩み寄るモビルスーツの巨体を見て、慌てて逃げ出した。悠然と歩いてくるダストの姿ににガドルは失笑を禁じ得ない。


「世界を救うのがガンダムで、世界を変えるのもガンダム?ふざけた話だ」


ダストは尚も近づいてくる。ガドルの望み通り。


「貴様が”ガンダム”だと言うのなら……証明して見せろ!!」


ガドルがトレーラーのコンソールに、何事か操作を走らせる。その瞬間、白煙が周囲を一気に覆った。






その白い煙は、歩兵部隊を率いていたコニールからも確認出来た。一台だけではない。全てのトレーラーから白煙が吹き出ていた。各トレーラーの車体下部から噴出した白煙は瞬く間に戦場一帯を覆う。


「爆発?」


しかし、それにしては火の気がない。その瞬間、違和感の正体に気付く。


「まさか……対モビルスーツ用スモークディスチャージャー!?」


慌ててコニールは双眼鏡を覗く。そして、コニールはそこで信じられない光景を目撃した。

――ビームの火線がダストを貫いていたのだ。






「くそおっ!!」


突如ビームライフルが真っ二つに切り裂かれた。ビームサーベルだ。コンマ秒反応が遅ければ、恐らく腕ごと持っていかれただろう。トレーラーからスモークが発生した次の瞬間、その中からモビルスーツがビームサーベルを振るったのだ。

――中に潜んでいたのは可変モビルスーツ、マサムネ。

マサムネはトレーラーの中から躍り出ると、一気にダストに斬りかかっていく。シンはダストのパワーを全開にして必死でサーベルの斬撃から逃れようとしたが、敵の方が早かった。火花が飛ぶ。肩口にサーベルを突き立てられ、更にそこから押し込まれようとしている。


「クソ!」


機体が重い。このままではマサムネのパワーに潰される。そう判断したシンは身軽になるため、やむなく対艦刀シュペントゲーベルを手放した。巨大な刀が左手から離れ、大地に落ちる。


《マサムネを格納していたのか。近づいてくる瞬間を狙っての奇襲とは、器用なものだ》

「感心してる場合か!」


今、ダストの手には武器は無かった。


「クッ……!」

《シン、後ろだ!》


レイが珍しく叫ぶ。シンがそちらを見ると、いつの間にかもう一機マサムネが現れていた。別の車両にも仕込まれていたのだろう。見事な偽装だった。


「罠!?」


後から来たマサムネはビームライフルの銃口をダストに向ける。


(させるかよ!)


考えるよりも先に、体が動いた。頭部バルカンをマサムネの頭部目掛けて乱射する。マサムネがカメラへの被弾を避けるために一瞬退いたその隙に、背部フライトユニットを展開。一気にブーストを最大出力で吹かせた。


「ぐっ!」


滅茶苦茶なGがシンを襲う。ダストは体勢を後ろに傾けたままブーストをしたので、仰け反りながら飛んでいく。なんとか機体を立て直そうするが最初のマサムネが肉薄しており、なかなか立て直すことが出来ない。


「しつこいっ!」


シンはマサムネをバルカンでさらに牽制しながら、地面と水平に背面飛行するダストをスラスターを吹かし強引に横回転させる。マサムネがビームサーベルを振るう。しかしダストは間一髪その一撃を避け、逆に回し蹴りを喰らわす。思わぬ逆襲を受けたマサムネはそのままあらぬ方向に吹っ飛んで行った。蹴りを支点にして方向を変えたダストはブーストを吹かし、相手の攻撃範囲から逃れる。

だが攻撃から逃れ着地しようとした刹那、そのタイミングを狙ってビームライフルが撃ち込まれた。


「!?」


もう一機のマサムネだ。このままでは手放した対艦刀を拾う事すらままならない。どうにかダストは着地すると、何とか横っ飛びに避け続ける。


《正確な狙撃だ。ブースト光を見て射撃しているのだろうが、いい腕をしている》

「さっきから敵を褒め過ぎだぞ!どっちの味方だ!」


冷静なレイも、こうなると鬱陶しいだけである。今更ながらシンは実感していた。プラントがオーブに併合された今、シンが在籍していたザフト軍の出身の者も多数、統一連合側に回っているだろう。マサムネのパイロットが何者かは分からない。 だが眼前の敵は、前の大戦で戦った連合兵とは格段に腕が違っていた。

恐らくはコーディネイター。

こうして敵に回ればかくも驚異的な存在だとは、戦慄すら覚える。唇が乾く。今更ながら震えとも歓喜ともつかない感情が沸く。シンは、この状況を切り抜けるため必死に考えを巡らせていた。


白煙の中でビームの残光が閃く。その瞬間ダストに襲い掛かる2機のマサムネ。その様子は大尉達にも目撃されていた。 大尉達は4機目のルタンドを倒した所だった。残りも時間の問題だろう。しかし……


「くそぉ!これじゃあシンの支援に行けねぇ!!」


少尉の怒声が耳に付く。


「落ち着け!まず一つずつ倒せ!でなきゃ何時まで経っても終わらん!」


大尉も怒鳴り返す。焦っているのは誰もが同じだ。ルタンドの左腕が遠距離からの狙撃に打ち抜かれ、爆発する。 中尉の射撃は正確だ。だが、こういった乱戦に於いては、その難易度は跳ね上がる。如何に中尉といえど、一撃必殺はそうそう取れはしない。ましてやスモークの中に支援砲撃など満足に出来るわけが無い。


「上手くいかないものですね……!」


弾を再装てんし、敵を狙う。味方の血路を切り開くために。


「ちっくしょぉー!!」


少尉がビーム突撃銃を連射するが、ルタンドのシールドに阻まれなかなか有効打にならない。ルタンド隊は時間稼ぎに徹しているのか消極的で、中々攻め崩す事が出来ない。それは大尉も同じである。二人の焦りは募るばかりだった。





シンも又、焦っていた。なにせ遮蔽物など殆ど無い上に、二対一で基本性能は向こうが上。挙げ句の果てにシンの手持ち武器は今やビームサーベル一本、頭部バルカン、両腕に仕込まれたスレイヤーウィップのみ。射撃戦に対応出来るような武器は残されていないのだ。


《いささか乱暴だが、とにかく乱戦にして相手の射撃を封じなければならんだろう》


ビームサーベルを抜刀。シンはもう一機に撃たせないように、ひたすら前衛のマサムネと切り結ぶ。


「おおおっ!」


裂帛の気合いを込め斬りかかるが、あっさりと受けられ、距離を取られる。そこに、シンは追いすがり更に切り結ぶ。何せ相手と離れてしまえば、またビームライフルの斉射が来るのだ。


《シン、急げ。スモークが消えたらこちらはじり貧だ》

「解ってる!」


そう。今、ビームライフルが来ないのは単に同士討ちを恐れての事だ。この距離では視界が晴れてしまえば間合いを詰めるアドバンテージは消えてしまうだろう。皮肉な事に、今はスモークがシンを守っていた。


「ち……キツイな」


さすがのシンも弱気にもなる。


《何を言っている。こんな所で死ぬのが、お前の目的だったのか?》

「まさか……っと!」


今度は相手が斬りかかってくる。踏ん張り、シールドで受け流すダスト。


《では諦めるという事か?ならば、今すぐ武器を置いて降伏しろ。お前は何としても生き延びなければならない。違うか?》


相棒はいつも強気だ。どんな時でも。


(俺は何で、いつも……)


――こうなってしまうのだろう。


何時も自分は、自分の置かれた状況を何とかしようと思っていた。マユを失い、怒りと共に”世界を守るために””第二、第三のマユ=アスカを生み出さない為に”ザフトに入隊した。だがその結果ザフトは世界の敵となり、シンは迷走の末に更なる地獄に行き着いた。


(何時も俺は、誰かを、何かを守ろうとしているのに!)


悲痛なまでの決意。シンという青年は、何時もそればかり考えていた。しかしその結果は何時も最悪の形で裏切られてきた。しかもそれは”守ろうとしていた人達が、何時も自分の身代わりの様に死んでいった”という形だった。


――俺が死ぬべきだったのか。


いつも悔恨のみが残る。怒りの炎。それは、己への悔恨。罪業を背負い、尚も許せぬ自分を鍛え、燃やし尽くす黒き炎。 憎しみと、怒り――何よりも、優しく悲しい炎。


(マユ、ステラ、ルナ……俺は、お前達を殺してしまっても……死なせてしまっても、生きる価値がある程の人間だっていうのか?)


それは、決して尽きぬ疑問。それこそが、今のシンを生かしている原動力だと知りもせずに。何時か、それは解る時が来るのだろうか。自分が何故生まれ、生きていくのか。それは決して解き明かせる日の来ない、永遠の問いかけだと気付きつつも。だが――今は、今はまだ。


「諦める?諦めるだって!?俺が!?」


その言葉が――思いが炎を燃え上がらせる。

何かが、シンの中で蠢く。

心にぽっかりと開いた穴が呼び寄せた魔獣。

それが今正にシンを突き動かしていく――生きるために。


「良いだろう。諦めてやるさ!」

《シン!?》


シンは切り結ぶのを止め、ダストを引かせる。


《何を考えている!?狙撃されるぞ!?》


「諦めてやる……諦めてやるさ!ただし、俺が諦めるのは”死ぬ事”だ!!」


こんな地獄の様な世界で、怨嗟を常に聞き続け、それでも憎しみを捨てないで。

己を厭い、嫌い、恨み。

その果てにある世界に幸せなど有るものか。有る訳が無いと知りながら。

今、シンの体は熱く燃え上がっていた。しかし、心は凍てつく様に冷たい。

世界の全てが緩やかに流れていくような、意識がクリアになる感覚。その境地は、かつてシンも体験していた。狂える戦士が辿り着く、怨嗟の果ての境地。その名は――






次の瞬間、その場に居た誰もが目を疑った。ダストが己の持つビームサーベルを天空に向かって放り投げたのだ。今正にビームライフルを撃とうとした者も、ついさっきまでダストと切り結んでいた者も、天空に舞うビームサーベルから目が離せなかった。


――何故?


それは、当然の疑問。降伏するつもりもないのに唯一の武器を捨てる人間など、居るはずがないからだ。だが、ダストは――シンは捨てた。何故か。誰もが天空に舞い上げられたサーベルに見入ったほんの一瞬――その隙をシンは、ダストは逃さなかった。

ブーストを使わないただの跳躍だったが、意表を突かれたビームサーベル所持のマサムネは一気に懐に飛び込まれる。マサムネのパイロットは一瞬虚を突かれるも、「自棄になったのか」と笑った。素手と剣、負ける方がおかしいのだから。

だがシンの動きは相手の予想を超えていた。ダストの左腕が動き、そこから何かが伸びる。ビームサーベルの間合いより遠く、速く。マサムネのビームサーベルを持った手をワイヤー絡め取った。そして、ワイヤーは一瞬激しく瞬く。グフイグナイテッドと同じ武器、スレイヤーウィップだ。


「こいつっ!これを狙って!?」


コクピットにまで被害は及ばなかったものの腕部の電気系統がショートし、使い物にならなくなる。しかし今のシンの狙いはそれでは無かった。ワイヤーを巻きつけたまま飛び上がるダスト。


「正気か!?」


ブーストなど使えば、もう1機のマサムネが完璧に狙撃する。それは、確実な事のはずだ。だが……。

ビームの光条が走る。だが、それはダストなど存在しない明後日の空間。その時になって、マサムネのパイロットはシンの狙いを理解した。右腕に絡み付いたスレイヤーウィップ。それを支点とし、ダストは異常な旋回を見せていた。狙撃手が予測する空間を超える軌道――マサムネを支点に弧を描いた軌道をダストが飛ぶ。それをシンはスレイヤーウィップを使って生み出していた。

しかしいくらダストが軽量機とはいえさすがのマサムネも、ダストのフルブーストの勢いから生み出された莫大な遠心力に抗しきれずに、そのまま地面に引き摺り倒される。するとダストは左腕のスレイヤーウィップを切断、狙撃してきたマサムネに急接近していく。地面すれすれをフルブーストを吹かしながら、仰向けのまま突っ込んできたのだ。


「うおおおおおおっ!!」


シンが吼えた。


「何い!?」


あまりの予想外の動きに、マサムネのパイロットが驚愕の声を上げた。狙撃を想定していたので、接近戦になるとは思ってもみなかったのだ。その判断の遅れが明暗を分ける。

ダストの両手にはいつの間にかアーマーシュナイダーが握られていた。最後のビームライフルをまたも横旋回して避け、ダストはマサムネに肉薄する。狙い違わず、一方のナイフはビームライフルごと腕を破壊し、もう一方は頭ごと胴体部を切り裂いた。そしてダストは宙返りの要領で回転し、その動きのまま蹴りを相手の胴体に見舞う。胴体部に残された対モビルスーツ用ナイフ――、アーマーシュナイダーが更にマサムネの胴体部に押し込まれ、それはコクピットにも達した。吹き飛んだマサムネは一拍置いて爆散する。

ダストは一回転し、無事に着地した。


「ば、馬鹿な!」


もう一機の、先刻までダストと切り結んでいたマサムネのパイロットは戦慄する。有り得ない。何もかもが有り得ない。こいつは、一体何なのか。だが、ダストは未だ着地の姿勢から動いては居ない。駆動系が故障したのかもしれない。とにかく、マサムネにとっては最大のチャンスだった。マサムネのパイロットがライフルを取り出し構えようとした時……。

いつの間にかダストの右腕には対鑑刀、シュベルトゲベールが握られていた。スレイヤーウィップで巻き取っていたのだ。ダストのツインカメラが輝く。まるで全てを解き放たれた獣がその咆哮を内に秘め、研ぎ澄まされた牙を相手に叩き込むかのように。

――次の瞬間マサムネは真っ二つになり、爆散した。






大尉達が、ようやくルタンド部隊を撃破し、応援に来た頃には全て終わっていた。全身傷だらけではあるものの健在なダストの姿を確認した三人は安堵する。


《なんだぁ?俺たちの分まで取っちまったのかよ》

《伏兵がいたようですね。遅れて申し訳ない》

《ま、無事で何よりだ》


通信機から聞える声は、三者三様のあんまりな言い様。しかしその裏に潜む仲間の無事に心から安堵する気持ちが見えていた。死にかけたがシンは怒る気にはなれなかった。






ガドルは驚いてはいなかった。


(全ては、こうなる運命だった。それだけだ)


補給部隊は壊滅した。そしてそれと引き換えにリヴァイブのモビルスーツ隊を倒すはずだった切り札のマサムネ隊も。

破損したドレーラーから何とか這い出たガドルは、呆然と結末を見続けていた。共に来た補給部隊のトラックやトレーラーだけでなく、護衛のモビルスーツも全て破壊されていた。全てが地に伏し真っ黒な煙を噴き出して、炎上している。破壊の狭間を、ふらふらと当てもなく歩いていくと、一人の青年の遺体を見つけた。

見覚えがある。シュタインベルだ。

破片にでも当たったのだろうか、頭から血を流して事切れていた。


(なんて事だ……)


ガドルは愕然と膝を落とした。この作戦が司令部から下された時、ガドルは引き受ける代わりに条件を出していた。あたら部下をそのような囮に使うべきでは無い。可能な限り最小限の人員で作戦遂行を。出来る事なら自分ひとりでも、――と。しかしガドルの思いとは裏腹に上はそれをあっさりと却下し、相当数の人員を回してきた。

ガリウス司令は言う。治安警察との関係上、今回の作戦は失敗するわけにはいかんのだよ――と。

部下の命より組織の面子が大事なのか。シュタインベルの遺体を見下ろしながら、ガドルは嘆息した。


(……癒着、か。今までは必要悪だと思っていたが、これこそが世界を歪めていくものだと思えてならん)


軍人として、上からの命令は絶対だが、彼はせめて彼の権限で部下の命だけは救いたかった。意味もなく死ぬ事など無いと、思っていたからだ。だからシュタインベルに逃げろと言った。――だが。


「なんと情けない事だ。私は、私自身が軍規を乱した事が、許せずにおるとは」


それは、言葉の通りの意味では無いのかもしれない。もし敵前逃亡などさせなければ、シュタインベルは今頃――。

ひどく疲れた。

部下の死を見続けた人生にガドルは疲れ切っていた。

ホルスターから銃を抜く。取り立てて何の変哲も無い、無骨な官給品。しかし、長年生死を共にしてきた相棒だ。


「エリナ、アリーゼ、済まん。私は軍人として……」


……家族を大事に出来なかった。そう言おうとしたのだろうか。地面に血飛沫が広がる。

一人の男の命が、失われた瞬間だった。






ソラは、許せそうに無かった。


(これが、”生きるために必要な事”だって言うの?)


赤茶けた夕刻の空の下でソラが見たもの。それは強者が敗者を蹂躙する姿そのものだった。ガドルの思いも空しく、生き残りの政府軍はコニール率いる部隊に全員拘束されていた。部隊の規律は意外な程高く、即リンチとかそういう事は無かったが、殺気だった雰囲気はソラには到底馴染めるものでは無い。


「おらっ!立て!!」

「このテロリスト共が……!」

「うるせえ!テメエ等が今まで何してきたか、ちったあ考えやがれ!!」

「ぶっ殺せ!殺しちまえ!!」


幾つもの残骸を背に男達の怒号が響く。体が、震える。

人が人で無いものに見える時。

己の考えが、全く通じないと感じた時。

人は、本能的なものを感じる。――すなわち、恐怖。

ソラは恐わかった。どうしようもなく。

彼女がこの場に居るのは、センセイが連れてきたからだ。センセイは負傷兵の治療のために現場に来なければならなかったが、ソラをここに連れてくる必要性は無かった。……しかし、あえてセンセイはソラを戦場に連れてきた。世界を、現実を見せるために。


(間違っていないのよ、本当は誰もが。でもね、結果として”間違い”と言われるのが世の中なのよ。ソラちゃん――貴方は、もっと世の中を知りなさい。私達が貴方の思っている”正義”では無いとしても)


センセイに言われた言葉が響く。


(これが、世界の真実……?)


殺したいほど憎み合う――憎み合わなければ生きて行けない世界。

オーブでは、隣家で殺人事件が有っただけで非常線が張られる。小さな犯罪でも人々は怯え、震え、恐怖する。――なのに、眼前の光景は何なのか。今、目の前に居るのは人殺しの無法者。ソラにはそうとしか見えなかった。

ソラは、恐れていた。だが、同時に悲しかった。何も出来ない無力さが、とてももどかしかった。


「ほれ、持ってけよ。そこでひっくり返ってるトラックの積荷から見つけたんだ」


少尉がシンに渡したものは、綺麗な貴金属で出来たペンダントだった。


「……なんだ?これは」


シンは変わらずのぶっきらぼうな受け答えで、それを受け取る。特におかしな所も無い、ごくありふれたシンプルなデザインの首飾りだ。発信器でも付いているのかと、シンは訝しむ。


「いい加減鈍いね、お前は。お兄さんは悲しいよ。ソラちゃんへのプレゼントだよ」

「は?何で俺に?アンタが渡せばいいじゃないか」


シンにとっては思考の外の話。


「レディに謝るんでしょう?それなら、それなりの事をした方が良いという事ですよ」


中尉は微笑みながら言う。


「ま、がんばんな。青春なんざ、直ぐに終わっちまうぞ」


二十歳を過ぎた大人に、青春も何もあったものでは無いだろうと呆れるシンだったが、断るのも面倒だったので受け取る事に する。


(俺はアイツを良かれと思って助けた。が、そのあげくがこのザマだ)


人が人を助けるのは道理だ。だが、それが何時も良い結果になるとは限らない。 ことにシンの場合はそれが顕著だった。だから、結局の所シンは恐れている。


(俺は、アイツを……ソラを守れるのか?)


シンは”守る”と誓った。ソラを”オーブに帰す”と誓った。

口をついて出た言葉。

未だ果たされた事の無い約束。

未だ得るものの無い、空しい契約。

だが、だからこそ守りたい。一度も、一人も守る事の出来なかった自分だからこそ思う、拙い思い。せめて今回は、と。シンは手に持ったペンダントを弄んでみる。それは、シンの手の中でちゃらちゃらと音を立てて存在をアピールしていた。シンにとっては全くといって良いほど必要性のないアイテムなのだが。


(それにしても、女の子ってのはこういうのを喜ぶものなのか?)


いまいちよく分からなかったが、シンはとりあえずソラの元へ持って行こうと思った。自分では判断が付きそうもないし、取りあえず欲しければ貰うだろうという判断からだ。シンという男は、こういう方面にはとことん疎かった。

――ソラは、悩んでいた。

今、自分がいる場所。

今、自分がしている事。

今、自分がさせられている事。

全てが納得出来ず、嫌な事だった。負傷兵の手当ての合間にセンセイがソラを心配そうに見るが反応は薄い。


(やっぱり早かったかしら。……いいえ、どのみち彼女は知らなくちゃいけないわ。この世界の本当の姿を。世界が、何によって支えられているのか。搾取する者と、搾取される者の姿を。人が人として生きるために、何が犠牲になっているのかを)


それは、厳しい事だ。そして、きつい事だ。だがセンセイはソラのような子にこそ、知っておいて欲しいと思った。


(優しさだけでは、甘さだけでは、何も世界は変わりはしないのだから)


センセイは、ソラに何をして欲しい、と思っている訳でもない。だが、何も知らずに生きていくそれはしてはならないとも思う。そんなセンセイの思いを余所に、ソラといえばぼんやりとしているだけだ。……パニック状態に、限りなく近い小康状態。ソラの現在の状況はそれだった。


(今は、そっとしておくしか無いわね)


センセイはそう判断し、ソラに話しかけようとして――その前にセンセイにとっては限りなく意外な男がソラに話しかけてきた。


「おい、ソラ。なんだ来てたのか」


シンである。


「……?」


ぼんやりとシンを見上げるソラの目は、焦点が合っていない。だがシンはそんなソラの状態に気が付かない。急に声を掛けたから戸惑っている、そんな風に見えているのだろうか。暫く迷った末、シンはソラにペンダントを差し出した。


「やるよ。貰い物だが」


シンとしては、ソラの事を思いやったつもりだった。その様を見ていたセンセイが頭を抱える程、幼稚な思いやり。だから――次のソラの反応はシンの予想外だった。


「……いりません、そんな物」


見たくない――それは全てへの拒絶。一種のヒステリーに近いものである。とはいえ、シンはそんな症状にはまるで気が付かない。


「何だよ、ほら。別に遠慮する必要はないぞ」


シンは、遠慮しているのだと思った。慌ててセンセイが間に入ろうとするが手遅れだった。


「いらないって……言ってるのに!」


ソラは、思い切りシンの手を引っぱたいた。ペンダントも地面に飛ばされる。何をする――そう、シンは言おうとして。


「そんな……そんな、人殺しをして得た物を、私は欲しくなんか有りません!!」


その時、ようやくシンは悟った。ソラという女の子に、自分がどんな目で見られていたのか。


(そりゃ、そうだよな……)


自嘲の思い。そして、諦め。もはや自分にこの子に好かれる要因など無いというのに。


「何で……何でそんな事が出来るんですか!?どうして!!どんな理由があったって、やってる事はただの人殺しじゃないですか!?」


絶叫し、泣きじゃくるソラ。そんな様子にメンバー達が何事かと集まってくる。ソラの叫びに対しその場に居た殆どの者が怒りを感じた。――何も知らない餓鬼が、と。


「ちょっと、アンタね。言っていい事と……!」


その者達を代表してコニールがソラに詰め寄る。感情に任せ、コニールはソラを張り飛ばそうとする。だが。


「止めろ!!」


意外にもそれを制したのはシンだった。


「……シン!?何で!」

「止めろ……、コニール。ソラの言う通りだ」


コニールは何かを言おうとしたが、ただシンは悲しそうに微笑むだけで何も言わせなかった。そして、立ち去る間際、小さな声でシンは言った。


「ソラ、あんたはそのままで居てくれ。そのままで……」


その言葉に、どれ程の思いが込められていたのだろう。ソラも、コニールも、その場に居た者達は誰も解らなかった。 ただ一人、センセイだけがそれを察したが、あえてそれを誰かに教えようとはしなかった。ソラは、立ち去っていくシンの後ろ姿から目を剃らせなかった。


(解らない。私には、あの人の事が……)


初めて会った時から、謎だらけの人。けれども、何処か悲しくて、優しい人。

その時、確かにソラの心は――シンの方を向き始めていた。